ジョルジュ・ルオー Georges Rouault

Georges Rouault(ジョルジュ・ルオー) 作家紹介

ジョルジュ・ルオーは1871年、パリの労働者地区に生まれました。父は指物職人で、若い頃はステンドグラス職人のもとで働きながら装飾美術学校で学びました。この経験は、後の作品に見られる太い黒い輪郭線や輝く色彩表現に大きな影響を与えています。

1890年にÉcole des Beaux-Artsに入学し、象徴主義の画家であるGustave Moreauに師事しました。同門にはHenri Matisseもいました。モローの死後、ルオーはMusée Gustave Moreauの初代館長を務めています。

ルオーは貧しい人々、道化師、娼婦、裁判官、そしてキリストなど、宗教的・精神的なテーマを多く描きました。太く力強い黒い輪郭線で形をとらえ、黒や褐色など暗い色調を基調としながら、青、緑、オレンジなどの色彩に宝石のような輝きと光を与える独自の画風を確立しました。作品は納得がいくまで何度も描き直されたため、油彩画は非常に厚塗りとなり、多くの色彩が重ねられた重厚な画面となっています。

1903年からサロン・ドートンヌに参加し、Henri Matisseらとともにフォーヴィスムの画家として言及されることもありましたが、彼の作品はより精神性の強い独自の表現を持っていました。

1907年、画商のAmbroise Vollardと出会ったことは、ルオーの芸術にとって重要な転機となります。1913年にはヴォラールが彼のアトリエにある作品の多くを購入し、1917年以降ルオーは版画制作にも力を注ぐようになりました。

彼はとくにアクアチントによる銅版画で高い評価を受け、詩人ボードレールの詩集に基づく《Les Fleurs du Mal(悪の華)》や、キリストの受難をテーマとした版画集《Miserere》など、重要な版画集を制作しました。また《流れ星のサーカス》や《受難》などの版画集も発表しています。

1938年にはMuseum of Modern Artで版画展が開催され、1945年には同美術館で回顧展が開かれるなど、国際的な評価を得ました。1946年にはロンドンのTate GalleryGeorges Braqueとの二人展が開催されています。

ジョルジュ・ルオーは1958年、パリで亡くなりました。葬儀はサン=ジェルマン=デ=プレ教会で国葬として行われました。深い宗教的精神と人間への慈愛を表現した彼の作品は、20世紀フランス美術を代表する重要なものとして今日も高く評価されています。