ジョルジュ・ブラック 

Georges Braque(ジョルジュ・ブラック) 

ジョルジュ・ブラックは1882年、フランスのアルジャントゥイユ(ヴァル=ドワーズ県)に生まれました。8歳の時に家族とともにル・アーヴルへ移り、この港町で成長します。はじめ家業である装飾塗装の技術を学び、その後、ル・アーヴル美術学校で絵画を学びました。

1905年、パリのサロン・ドートンヌで見たフォーヴィスムの作品に強い衝撃を受け、しばらくその影響を受けた絵画を制作します。しかし1907年、Pablo Picassoの革新的な作品《Les Demoiselles d’Avignon》に出会ったことで、彼の芸術は大きく方向転換します。

ブラックはピカソと緊密に協力しながら、新しい造形表現の探求を始めました。1908年頃、批評家のLouis Vauxcellesが、ブラックのエスタックの風景画を見て「小さな立方体(キューブ)」と表現したことから、やがてこの新しい表現は**Cubism(キュビスム)**と呼ばれるようになります。ブラックとピカソは1914年まで密接に協働し、20世紀美術に大きな革命をもたらしました。

第一次世界大戦ではブラックは動員され、戦場で頭部に重傷を負います。長い療養期間を経た後、戦後はキュビスムの原理を保ちながらも、より詩的で静謐な絵画へと発展させていきました。1920年代には《果物皿とテーブルクロスのある静物》などに見られるように、洗練された構成と色彩による独自の様式を確立します。

その後も静物画、アトリエのシリーズ、鳥を主題とした作品などを制作し、20世紀フランス絵画を代表する巨匠として高く評価されました。

ブラックは1963年8月31日、パリで亡くなり、フランス政府による国葬が執り行われました。遺体は、彼が晩年を過ごしたノルマンディー地方のヴァランジュヴィル=シュル=メールの海辺の墓地に埋葬されています。