ミッシェル・アンリは20世紀戦後で最も優れた画家の一人である事を様々な角度から検証し、ミッシェル・アンリ絵画の価値が現在も価値を高めている現状の説明と将来もさらに価値を高める可能性についても説明する。
1980年頃から2021年40年間日本の絵画市場について
1980年にはフランス絵画と版画が盛んに輸入され日本で販売され始めた。最も大きな理由は日本の経済発展だ。日本は戦後奇跡の経済復興を遂げ、ドイツを抜きアメリカに次いで世界第2の経済大国になって、バブル経済へと昇りつめていった。1990年には日経平均株価は39000円の最高値となり、東京の土地の価格でアメリカ全土買えるとまで言われ、堤義明や森泰吉郎が交代世界一のお金持ちにランクされた。それは、1991年第一次湾岸戦争勃発によるバブル経済崩壊まで続いた。
日本人は大企業から零細画商古物商までフランスに行き、フランス美術を買い漁った。19世紀の印象派20世紀のエコールドパリの画家などが数億、数十億円飛ぶように売れた。日本の絵画マーケット投資の対象となり、フランス美術がその中心となった。
そのような時代を背景に所謂庶民や小金持ちお絵画版画を購入した。彼らが購入できたのは、戦後の画家で版画は数十万円油彩画数百万円から数千万円で購入きる戦後にデビューしたフランス画家達だ。
ベルナール・カトランの絵画↓
その中で最も日本で成功したのは、ベルナール・ビュッフェ、アンドレ・ブラジリ、ベルナール・カトラン、ジャン・ジャンセンとジャン・ピエール・カシニョールだ。彼ら以外にも10数人のフランス画家が日本で盛んに販売された。ピカソ、シャガール、ミロ、ローランさんなどのエコール・ド・パリ画家も版画は数十万から数百万円だったので庶民のマーケットで売られていた。
ミロの版画↓
この時代は多くの日本人がフランスに溢れ、パリの街角ですれ違うアジア人は殆ど日本人だった。多くの画商、古物商が盛んにパリに行っていた。私もその一人だった。
このオペラ通りはパリ観光のメインストリートの一つで、近くに東京銀行があったので当時は日本人が沢山歩いていた。
バブル経済後の1990年代は、シルクスクリーン版画を中心としたアメリカ系のポップアートが参入してフランス人気作家以上に値段で強引な手法で販売されて2000年頃には、その販売手法や枚数不正などがマスコミで明るみにでて批判の対象となり、信頼を失って2000年頃には見かけなくなった。
2000年頃には、日本の芸大教授を中心とした日本画家達が版画を制作してフランス絵画が創り上げたマーケットを占領した。中心的な作家は<平山郁夫、中島千波、東山魁夷、片岡球子、千住博、絹谷幸二>など芸大教授や勲章受章者達だ。彼らは百貨店や画廊を中心として市場を築き、市場を拡大しフランス系アメリカポップアート系は市場を失っていった。
2007年に東京大丸が閉店セールで美術品のセールで大成功を収めてからは、セールが中心となって、フランス系、アメリカ系、日本画家達全ての人気作家の作品がセールで売られる時代となった。その間、それらの人気画家の価格は下落を続けた。10年間程その状況が続いた結果、市場に売るべき美術品が不足する事となり、人気作家のセール販売も下火となり、新しい作家を模索されだした。その間に、国際的にマーケットを築いた日本のスーパースター、草間弥生、村上隆、などの作品は驚く程の価格高騰が起こった。
2021年に平山郁夫や片岡球子など日本の人気作家の偽物版画が見つかり、特に日本作家のオリジナル版画が信用失墜して、人気作家のセールを中心とした絵画市場は曲がり角を迎えている。価値があり、偽物の心配のない美術品が求められ始めた。セール販売の中心となったセカンダリー(中古品)の美術市場が、所謂過去のブランドの中古品ではなく、過去のネームバリューより、出どころがはっきりして本物(偽物ではない)の作品を求める傾向が出てきている。
ミッシェル・アンリは21世紀にも価値が高まる
ミッシェル・アンリがダリアを描いた絵画↓
ミッシェル・アンリのフランスとアメリカでの高い評価
ミッシェル・アンリは、日本で成功を納めたビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、などと同時代に活躍した画家です。同じ時代ボザールを卒業して戦後のフランス絵画の栄光をになった画家の一人だ。ビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、ジャンセン、カシニョールが日本で売れ始めた1980年代にミッシェル・アンリはアメリカのフィンドレー画廊と契約してアメリカとフランスで活躍していた。その為、日本では、彼ら程は知名度、上がりらなかった。上記フランス画家でカシニョール以外はミッシェル・アンリを含んレジオン・ドヌール勲章作家です。1960年~2000年にレジオン・ドヌール勲章を受章した数少ない画家達だ。そして、カシニョール以外の上記作家はヨーロッパ一のパリの高級画廊街であるマチニョン通リの高級画廊の契約画家だ。
ミッシェル・アンリの優れた絵画の質
油彩画に重要な5つの要素がある
1:デッサン(形体)
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む)
3:構図
4:マチエール(絵具の質感)
5:画家の意図とオリジナリティ
それぞれの絵画的要素について各作家について採点してみます。◎、〇 △ ✖で表します。
◎=3点 〇=2点 △=1点 ✖=0点
ベルナール・ビュッフェ ↓
1:デッサン(形体と線)の魅力 ◎
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む) △
3:構図 〇
4:マチエール(絵具の質感) △
5:画家の意図とオジリナリテイ ◎
10点
アンドレ・ブラジリエ↓
1:デッサン(形体と線)の魅力 〇
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む) 〇
3:構図 〇
4:マチエール(絵具の質感) △
5:画家の意図とオリジナリティ 〇
9点
ベルナール・カトラン ↓
1: デッサン(形体と線)の魅力 〇
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む) 〇
3:構図 〇
4:マチエール(絵具の質感) 〇
5:画家の意図とオリジナリティ 〇
10点
ジャン・ジャンセン ↓
1: デッサン(形体と線)の魅力 ◎
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む) △
3:構図 △
4:マチエール(絵具の質感) △
5:画家の意図とオリジナリティ ◎
9点
ジャン・ピエール・カシニョール ↓
1:デッサン(形体と線)の魅力 〇
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む) 〇
3:構図 〇
4:マチエール(絵具の質感) △
5:画家の意図とオリジナリティ 〇
9点
ミッシェル・アンリ ↓
1:デッサン(形体と線)の魅力 〇
2:彩(彩度、明度、色価値なども含む) ◎
3:構図 〇
4:マチエール(絵具の質感) ◎
5:画家の意図とオリジナリティ ◎
12点
上記の採点について、説明しておこう。
1:デッサン力と線の魅力では、ベルナール・ビュッフェとジャン・ジャンセンの◎をつけた。それ以外の画家は〇だ。ビュッフェとジャンセンいずれもミゼラビリスム(悲惨主義)の画家に分類され明るい色彩は使わず、線の表現で貧しい生活や人間の不安悲しみを表現した画家なので、やはり彼らデッサンには優れた表現力がある。
2:色彩 ビュッフェとジャンセンは色彩の魅力に乏しく、線と背景の寂し気な色彩で悲惨主義的な雰囲気を出した。色彩については、△。カトラン、ブラジリエはいずれもモーリス・ブリアンションというボーとした色彩を得意とする教授に師事して、教授の色彩の影響が濃厚に表れている。色彩に魅力があるので、〇だ。カシニョールは当初カトラン、ブラジリエ風のボーとした柔らかな色彩で描いていたが、1990年代には、クッキリした強い色彩で描くようになった。カシニョールはシャプラン・ミディに師事したので、ミッシェル・アンリの後輩にあたる。1990年代に入ってからシャプラン・ミディ風の強い色彩を使用した。カシニョールも色彩は〇とした。ミッシェル・アンリは、師で色彩の大家シャプラン・ミディに<ミッシェル・アンリは私を越えた>と言わしめただけあり、独自の色彩構成力があり、◎とした。
3:構図 ジャンセンは△で、他の5作家は〇だ。ジャンセンは線と背景の貧しい雰囲気を出す、薄い色彩でその場面、その場面を切り取ったような絵画を描くので、構図も遠近も、立体感も重要視していない。
4:マチエール(質感) 日本画の画家は石絵具を平たく塗るが、西洋絵画の19世紀以降の画家はチューブ絵具を使用して、色彩を塗り重ねる。その際には、絵具が盛り上がった部分と画布が透けて見える程、薄く塗った部分がある。ルオーなどは絵具の厚みが1cmもある程だ。マチエール(質感)とは、その絵具の付き具合の事だ。水彩画はパステル画、日本画には無い魅力を油彩画に与えている。カトランの油彩がマチエールが美しいしいので〇ミッシェル・アンリは、仕上げに花弁などに見事に絵具を塗り重ねて、ため息が出るほどの美しいマチエールを作りあげる。マチエールは単なる筆やナイフの後の魅力だけではなく、その他の色と美しく響きあって初めて美しいマチエールになる。つまり、美しいマチエールで描く為には色彩を美しく調和させる必要がある。ミッシェル・アンリは◎だ。それ以外の画家は画布に薄く色を塗っているので、絵具の盛り上がりがない。これらの画家日本で受け入れられた背景には、日本画にもマチエールが無いので、日本画を見慣れた日本人には違和感がなかったからだ。彼らの薄塗の絵画は、印象派以降の油彩画を見慣れたヨーロッパの人には物足りない。マチエールがないからだ。
⑤作家の意図とオリジナリティ ビュッフェとジャンセンとミッシェル・アンリに◎を付けた。ビュッフェとジャンセンは文学作品を書くように、彼らの思想や時代への思いを絵に描く。戦後の実存作家、アルベール・カミュ、サルトルなど、または、イタリアのレアリスム映画を見るように彼らの絵を見るのが良いだろう。彼らの絵はその意図に満ちている。◎をつけた。ミッシェル・アンリにも◎を付けた、彼の絵画はビュッフェやジャンセンの悲惨の現実を見つめる思想とは一線を画す美と幸福を肯定する表現だ。悲惨な現実に中でも花の美しさ幸福を表現する。その他の4作家は〇だ。ビュッフェとジャンセンの意図は、彼らの表現したい思想とか思いだが、カトラン、ブラジリエ、カシニョール、ミッシェル・アンリの意図は別の所にある。彼らは、絵画自身、画布に描かれた色彩、構図、マチエールが織りなす絵画自身の美しさを創造したいのだ。ブラジリエは馬の魅力を、カシニョールは女性の魅力を、ミッシェル・アンリとカトランは花の魅力を、画布に独自のやり方創造したのだ。ミッシェル・アンリとカトランの違いは、ミッシェル・アンリは美の向こうに幸福というヒューマンは思想を感じさせる。どの作家もオリジナリティと画家の意図を明確に感じる事ができる。それは一流の画家の証だ。
総合点では、ミッシェル・アンリ=12点、ビュッフェとカトラン=10点 ジャンセン、ブラジリエ、カシニョール=9点となる。
私はミッシェル・アンリの絵画世界に21世紀の希望を見る
20世紀フランスの戦後を代表する上記6作家はカシニョール以外はレジオン・ドヌール勲章作家でありヨーロッパで最も有名なパリの高級画廊街マチニョン通リの画廊と契約していました。カシニョールは日本でのみ人気が高くフランスは日本人気に引っ張られて知名度が上がった。ミッシェル・アンリはフランスとアメリカでの人気が高く、日本では1980年代はエルテル貿易というフランス人が経営する画廊が関西で大丸を中心に、重の油彩画を販売していたため、日本では彼ら程の知名度がなかった。ミッシェル・アンリ以外の画家は、パリに本社があり日本にも東京と大阪に支社のあった版画制作販売会社のビジョン・ヌーベルと組んで、オリジナル版画(リトグラフ)を大量に制作して、各地でビジョン・ヌーベルの販売会社が版画を販売して知名度を上げた。
ミッシェル・アンリ <カシスの夏> オリジナルシルクスクリーン
ミッシェル・アンリが契約していたアメリカのフィンドレー画廊がパリ支店を閉店してミッシェル・アンリはやはりマチニョン街にあったエチエンヌ・サシー画廊と契約した、1993年私と知り合い2年後の1995年から弊社(ギャルリー亜出果)と日本での独占契約を結び1995年~2009年迄毎年、三越、大丸、伊勢丹、東急、東武などの百貨店での彼の個展に来場した。アメリカに20年間通い続けて、そのは日本に15年間来てくれた。
ミッシェル・アンリ <5本のバラ> オリジナルシルクスクリーン↓
1990年頃随分高額だったビュッフェ、ブラジリエ、カトラン、ジャンセン、カシニョールの版画はここ30年程下落傾向が続き、特に2010年代のセール販売の為、現在はもうブランド作家としての価値を維持できていない。ベルナール・ビュッフェはビュッフェ専門の画廊モーリスガルニエが今のパリのマチニョン街ビュッフェを中心に営業を続けているので、価値を保っているが、その他の画家はもう忘れさられ始めている。油彩画はまだセカンダリーでもある程度値段が付くが、版画(中古)はもう人気作家の値段ではなくなっていて一山いくらの値段になった。
ミッシェル・アンリ <ブルーの窓辺> オリジナルシルクスクリーン↓
20世紀戦後フランスを代表する6人の画家ミッシェル・アンリ、ベルナール・ビュッフェ、アンドレ・ブラジリエ、ベルナール・カトラン、ジャン・ジャンセン、ジャン・ピエール・カシニョールの誰か、数百年後の歴史に名前を残すかどうかは判らないが、オリジナリティの高いミッシェル・アンリ、ベルナール・ビュッフェ、ジャン・ジャンセンの放つパワーは時間と空間を飛び越えて伝わりそうに思える。
ミッシェル・アンリ <ポン・ヌッフとノートルダム> オリジナルシルクスクリーン↓
ミッシェル・アンリは弊社が版元から購入したり、ミッシェル・アンリと共同制作した版画のプライマリー(新品)を販売し、ミッシェル・アンリから直接購入したプライマリー(新品)の作品を販売している事もあるだろう、ミッシェル・アンリの作品の価格は維持され、油彩画は価格が上昇している。
私(ギャルリー亜出果 武田康弘)は、1986年から35年間美術品の販売をしている。主にフランス美術(20世紀~21世紀の画家の作品)を日本に輸入して日本で販売している。
池袋サンシャインシティフランス商工会議所展示場内ギャルリー亜出果(当時はギャラリーアデカ)のミッシェル・アンリ来場店↓
小売りを中心とした時代には、三越、大丸、伊勢丹、東武、東急などの有名百貨店の画廊やイベント会場で展示会を開催すると同時に、軽井沢プリンスホテル、高輪プリンスホテル、サンシャインのフランス商工会議所展示場にも直売のギャラリーを運営した。
絵画業界が縮小し、特にヨーロッパからの絵画輸入会社が減少して2015年には、フランス絵画を専門に輸入する会社が無くなって、画廊や百貨店業者、通販業者からの要望にも応える形で小売業を縮小して、業者卸の需要に応える事になった。
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