1995年年ミッシェル・アンリが来日して日本橋東急百貨店と東京東横店で来日展を開催した。その年は大森のいずず自動車本社ビルのエントランスホールで日仏作家展が開催されミッシェル・アンリはフランス代表となった。この展示会のオープニングには森喜朗氏元通産大臣(後に総理大臣、おり5年ミッシェル・アンリが来日して、日本橋東急百貨店と東急東横百貨店でミッシェル・アンリ来日絵画展を開催した。その年は大森のいずず自動車本社ビルのエントランスホールで日仏作家展が開催されミッシェル・アンリはフランス代表となった。この展示会のオープニングには森喜朗氏元通産大臣(後に総理大臣、東京オリンピックパラリンピック組織委員会会長)が主賓として招待され、フランス領事なども出席していた。森喜朗、ミッシェル・アンリ、駐東京フランス領事などがテープカットをした。森喜朗さんという人は結構配慮のある人で、ミッシェル・アンリにも親切にしてくれたが、当時から失言壁はあって<絵画の事はよくわからないのですが等>結構意味不明の事を言ったが通訳があまり優秀な人ではなかったので、フランス人ははじめから演説の内容を理解するのを、あきらめていたから、事なきをえた。 私は車で空港にミッシェル・アンリ、C女史とフランスの女流画家モニック・ジュールノーを迎えに行き、そのまま大森のいすゞ本社ビルに向かったが、フランス画壇の巨匠ミッシェル・アンリを車に乗せて、極度に緊張していて、右折禁止の場所で右折してしまい、運悪くパトカーが追いかけて来た。パトカーは中にフランス人が3人も乗っているのを見て<貴方もメンツがあるだろうから、今日はこのまま行って良い>と見逃してくれた。。ミッシェル・アンリは<自分の住んでる場所なのに、でも事故でなくて良かった>と少々不機嫌だった。私の頭の中は真っ白だった。 その翌日から、ミッシェル・アンリは日本橋東急百貨店と東急百貨店での展示会に出席してファンにサービスしてくれた。ミッシェル・アンリは巨匠のわりには気さくで、お客様への対応も丁寧で、百貨店の人やお客様にも喜ばれた。もちろん絵画もよく売れた。私が以前ミッシェル・アンリの絵画を販売していたマルク・エステル程高くない価格設定をしていたので、<君は良心的だ>とミッシェル・アンリは喜んだ。売り上げも満足のいくものだった。 当時の弊社の店舗ギャラリー・アデカにも来てくれて、キャラリーアデカのお客様にサイン会を開催した。弊社のお客様からも受けが良くて、売り上げも上がった。 私は来年も又別の百貨店でミッシェル・アンリの展示会を開催したいと思った。