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デビ夫人も出席してフランス大使館が開催したミッシェルアンリ歓迎パーティー:2001年

フランス大使主催のこのパーティーは、テレビなどでも活躍しているデビ夫人やオペラ歌手の秋川雅史氏なども参加してくれて大盛況だった。

当時秋川雅史氏はデビ夫人が育てていた無名のオペラ歌手だったが、その後<千の風になって>がヒットして一躍有名になり、紅白歌合戦などにも出場した。そのパーティーの様子をお伝えしよう。

挨拶するフランス大使とミッシェル・アンリ 大使夫人 ギャルリー亜出果武田↓

 挨拶するフランス大使 ミッシェル・アンリ、大使夫人 ギャルリー亜出果武田

 

私はフランス大使館と打ち合わせをしながら、パーティーの準備をした。ミッシェル・アンリ来日歓迎パーティーはフランス大使館の公式行事なので、経費はフランス大使館の負担だった。シャンペン、ワイン(ビールも日本酒も出ない)やオードブルなどのおつまみも全てフランス大使館が用意してくれたが、19時開催なのに食事はでなかったので、私は、パーティーの後、ギャルリー亜出果主催で地方から来てくれた方々の夕食会を催し宿泊ホテルも用意してもてなした。

 

ミッシェル・アンリ、デビ夫人、秋川雅史 小笠原先生↓

 フランス大使館のミッシェル・アンリ歓迎パーティー ミッシェル・アンリ、デビ夫人、秋川雅史

 

来客は100人程で、1999年まで池袋サンシャインのフランス商工会議所展示場で運営していたギャラリーアデカや軽井沢プリンスのギャラリーヴァンドフランスの顧客、三越、大丸、天満屋などの百貨店の方その顧客、軽井沢プリンス関係の西武、パルコ、ミッシェル・アンリの絵画で館内を装飾している北海道の町立ホテルの町の町長一行、ミッシェル・アンリ友の会顧問の兵庫県知事の代理神戸日仏協会や国会議員、森喜朗元首相も交流があったので出席予定だった。

 オリジナル版画(シルクスクリーン作家自筆サイン限定部数入り>

 

日本ではパーティーも会合も司会者が進行役を務め、お偉方が何人も退屈な挨拶をして、参加者はその間、つまらない話に拍手して、ながったらしい乾杯の挨拶まで聞いて、漸く飲み物と食べ物にありつける。私もそのつもりにしていたが、大使は余計な挨拶は外したがった。

 

フランス人のパーティーはシンプルだ。司会などいらない。主催者(大使)が挨拶してすぐ乾杯。後は皆勝手に飲んで食べて、隣の人と会話で盛り上がって時間になったら解散だ。

 

ミッシェル・アンリ オリジナルシル版画(シルクスクリーン)ベニスの窓辺↓

 

ところが、結局日本式のパーティー形式になった。なぜなら、神戸の貝原知事はこられないので、メッセージをくれる事となり、森元首相も来る予定にしていたので、やはりそれらを紹介するのに司会者を置く事となり、私が司会進行役となった。大使がミッシェル・アンリを紹介し、ミッシェル・アンリが挨拶して、貝原兵庫県知事のメッセージを神戸日仏協会副会長が読み、森元首相は時間がずれ込み結局間に合わないので、出席していた兵庫県の奥谷衆議院議員が乾杯の挨拶をした。

乾杯の挨拶をする兵庫県の奥谷衆議院議員↓

 挨拶する兵庫県選出の奥谷衆議院議員

皆の挨拶が終わった頃、少し遅れて、デビ夫人が来てくれた。彼女の登場は圧巻だった。彼女は自分が育てているオペラ歌手の秋川雅史氏を引き連れてロングドレスを来て登場した。彼女の入場のアナウンスなどなかったが、彼女の発する華やかなオーラを誰もが感じ、誰もが彼女の来場を知り、前に進む彼女に道を開けた。彼女はまっすぐ会場の奥まで進み、ミッシェル・アンリに挨拶のキスをした。誰もが彼女とミッシェル・アンリを見ていた。

 

左から秋川雅史、ミッシェル・アンリ、石井氏(フランス在住ピアニスト) デビ夫人↓

 ミッシェル・アンリ デビ夫人 秋川雅史 ピアニスト石井女史

彼女が同伴して来た秋川雅史氏はオペラ歌手だが、カンツォーネ<サンタルチア>と<帰れソレント>を伴奏なしで熱唱して皆を感動させた。

 

熱唱するオペラ歌手秋川雅史氏↓

 熱唱する秋川雅史氏

ミッシェル・アンリとデビ夫人はあちこちのグループの要望に応じて写真撮影に応じ、あちこちの会話の中心になりパーティーは活況を呈して果てしなく続いた。

パーテーの参加者↓

 フランス大使館のミッシェル・アンリ歓迎パーティーの参加者たち

9時が近くなっても盛り上げっていて誰一人帰ろうとしないので、仕方なく、私がパーティーの終了をアナウンスしてお開きにした。

 

その後で、ミッシェル・アンリ、デビ夫人、秋川雅史氏、北海道のホテルがある町の町長、神戸日仏協会副会長夫妻、岡山天満屋の専務などを招待して六本木プリンスホテルで夕食をした。ここでも、デビ夫人は会話の中心で随分盛り上がった。デビ夫人はさすがにインドネシアの大統領に気に入られて大統領夫人になり、パリに亡命中はパリ社交界に受け入れられただけの事はある。フランス語もある程度堪能で色々な事に興味と意見を持ち、見識があった。

 

パリの高級画廊エチエンヌ・サシーのデビ夫人とミッシェル・アンリ↓

パリの高級画廊エチエンヌ・サシーてのミッシェル・アンリ展 デビ夫人とミッシェル・アンリ

 

テレビで見るデビ夫人はセレブで面白いおばさんだが、それも彼女の処世術だろう。彼女は、パリ時代はスカルノ氏の財産で優雅に暮らしていたが、それも使いつくしたので自分で稼ぐしかない。お笑いタレントとして稼いでいるのだ。テレビで彼女がまともな事を言うと、全てカットされて、彼女が噛みつく所とか、おバカを言って笑いのネタになりそうは場面だけ放映されると彼女は言っていた。実際、私達が彼女に抱く印象はそんなところだろうが、実は様々の文化活動を展開しているらしい。

ニューヨークのレストランのミッシェル・アンリとデビ夫人 パリの画商とミッシェル・アンリのオリジナル版画の版元↓

 デビ夫人、ミッシェル・アンリ 画商のエチエンヌ・サシーとエドモンド・ニューン、ニューヨークのレストランで

 

 

2021年は11月のミッシェル・アンリ来日展は千葉三越、池袋三越、開店100周年記念のメインイベントとしていわき大黒屋で予定していたが、5月に大黒屋が倒産し大黒屋での展示会は中止になった。他の百貨店での展示会の企画には間に合わないので、渋谷のパルコでも展示会を開催した。百貨店の美術部は大体1年位前から日程を決めて準備を始める。特に、ミッシェル・アンリ来日絵画展のようなインパクトの強い展示会は、早い時期に決定する。パルコはそんなに早い時期からイヴェントの企画を決めないので、6月に企画を持ち込んで十分間に合った。

 

フランス大使公邸でのパーティーのお陰で、ミッシェル・アンリもギャルリー亜出果も信用が高まり翌年以降のミッシェル・アンリ来日展の企画はより格調が高くなり日本各地で2009年迄毎年続いた。

 

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