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ミッシェル・アンリ

ギャルリー亜出果は1995年以来ミッシェル・アンリの日本総代理店として日本各地の有名百貨店、画廊でミッシェル・アンリ来日展を企画し、ミッシェル・アンリの作家自筆サイン入りオリジナル版画の制作、絵画版画の販売、著作権の管理をしています。       

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 1:ミッシェル・アンリ経歴

1928年 フランス西部の古代ローマ人が作った城塞都市ラングルに生まれる。

 1947年~ 国立パリ美術学校入学。年力強い構図を得意とするナルボンヌのクラスで学ぶ。同じクラスにベルナール・ビュッフェが在籍、中退。

1950年~年 美しい色彩を持ち味とするシャプラン・ミディのクラスで学び主席で卒業する。シャプラン・ミディのクラスの後輩にカシニョールが入学しカシニョールの入学の再の面接官はミッシェル・アンリだった。

<ブルゴーニュの秋>オリジナル版画(シルクスクリーン)フランスの四季シリーズ↓

ミッシェルアンリ作 ブルゴーニュの秋 オリジナルシルクスクリーン版画

 

1954年 国立パリ美術学校代表としてバルセローナに派遣され作品展示

1955年 国立パリ美術学校代表としてベルリンに派遣され作品展示 テイラー賞受賞

1956年 デカルトの家賞受賞によりアムステルダムのデカルトの家に国費留学

1957年~58年 カザ・ベラスケル賞受賞によりマドリッドに国費留学。

1958年~65年 パリの高級画廊マチニョンのトップ画廊ギャラリーロマネと契約

1960年 パレ・ロワイヤル賞 パリ市展銀賞等受賞 この年を境に戦後の暗い雰囲気の画風を離れ輝く色彩で描き始める。

1961年 アンリ・ファルマン賞

1965年 国立美術協会青年画家大賞

1965年~2010年 モンパルナス地区のルクレール通り元シャガールのアトリエに住む

アトリエの前に立つミッシェルアンリ↓

パリのアトリエの前に立つ ミッシェルアンリ

ミッシェルアンリのアトリエのミッシェルアンリと木梨芳一札幌文化放送社長↓

ミッシェルアンリのアトリエ

67年~85年 アメリカの画廊ウオーレイ・フィンドレイ・ギャラリーと契約

        <パリ、シカゴ、パームビーチ、ニューヨーク、ロンドン>

        この間毎年アメリカに行く。

1974年 サローヌ・ドートンヌ代表としてイラン訪問イラン国王と会う

イラン国王とミッシェル・アンリ↓

イランでのサローンドートンヌのミッシェルアンリとイラン国王

1975年 ジュネーブで個展

1977年 フランス芸術家協会金賞受賞

1981年 レジオン・ドヌール勲章騎士号を授与される フランス国立園芸協会金賞受賞

1982年 ジュネーブで個展

1983年 サローヌ・ドートンヌ事務局長就任

1984年 農事功労章騎士号を授与される。 サローヌ・ドートンヌがミッシェル・アンリ回顧展

1985年 サローヌ・ドートンヌ代表として初来日し上野の国立西洋美術館に作品展示

フランスのリモージュ焼きのベルナルド社がミッシェル・アンリの図案で陶器を制作販売する。

ミッシェル・アンリの図案の陶器を手にとるミッシェル・アンリ↓

フランスのリモージュ焼きのベルナルド社がミッシェル・アンリの図案で陶器を制作発売する。

ミッシェル・アンリの図案のリモージュ焼きの食器類↓

フランスのリモージュ焼きのベルナルド社が制作したミッシェルアンリの図案の陶器

1986年 パリ市特別賞受賞

1987年 日本で世界蘭博覧会の一環としてミッシェル・アンリの絵画が展示される

1989年~95年 マチニョン街のエチエンヌ・サシー画廊と契約

エチエンヌサシー画廊のミッシェル・アンリ展の女優ジャンヌ・モローとミッシェル・アンリ↓

パリのエリゼ宮(大統領官邸)近くの高級画廊街マチニョン街の画廊エチエンヌサシーのミッシェル・アンリ展の女優ジャンヌモローとミッシェル・アンリ

エチエンヌ・サシー画廊のミッシェル・アンリ展のミッシェル・アンリとパリ滞在中のデビ夫人↓

パリの高級画廊エチエンヌサシーのミッシェル・アンリ展のミッシェル・アンリとデビ夫人

ミッシェル・アンリとブラジリエがエチエンヌ・サシー2枚看板となる。

1990サローヌ・ドートンヌ副会長に就任

 

1991年 サロン・ド・ヴィレ金賞 セディエール城での回顧展シラク夫人主導

1992年 日本の小野田セメント(現太平洋セメント)が絵画カレンダー1994年~95年発注

パリのエチエンヌ・サシー画廊で個展 ニューヨークで個展

1993年 リールとドイツのミュンヘンで個展

1994年 サローヌ・ドートンヌ副会長として翌年の日本特集の準備の為来日 

ブリュッセルで個展

1994年~ 日本の㈱アデカ(=ギャルリー亜出果)と日本独占契約 以降2009年まで毎年来日

1995年~ ミッシェル・アンリはマチニョン街のアレクサンダー・レオドウーズ画廊と契約する。

パリのアレクサンダー・レオヅーズ画廊でのミッシェルアンリ展

パリの高級画廊街アレクサンダー・レオドゥーズ画廊でのミッシェルアンリ展

会場内のミッシェル・アンリ↓

アレクサンダー・レオドゥーズ画廊のミッシェルアンリ展のミッシェル・アンリ

1995年 ㈱アデカ(ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して日本橋東急百貨店 東急東横店とサンシャインシティフランス商工会議所展示場のギャラリーアデカでミッシェル・アンリ来日絵画展を開催する。

<東急東横百貨店のミッシェル・アンリ来日展 中央はフランス大使館商務官ベルナール・ルノー氏、右隣はギャルリー亜出果武田康弘、ニコル・シベール氏(パリの画商)その後ろがミッシェル・アンリ、東急百貨店スタッフとギャルリー亜出果のスタッフ、フランス在住ジャーナリスト山下博氏>

 

ミッシェル・アンリ来日展1995年 東京東横百貨店 ミッシェル・アンリ、フランス大使館商務官ベルナール・ルノー、ギャルリー亜出果武田康弘当

 

1996年 第1回カルヴィ市現代アート展にて副会長に就任 

パリ8区の高級レストランChez ivanの装飾がミッシェル・アンリの絵画でなされる。

Chez Yvenレストランの店内⇓

ミッシェル・アンリは日仏現代美術展にフランス代表として出席 日本は森善朗。1996年に大森のいすゞ自動車本社ビル「大森アナトリアム」で日仏絵画展が開催され、サローンドートンヌ副会長のミッシェル・アンリがフランス代表として挨拶。左端で首をかしげているのは森喜朗氏(元首相、元日本オリンピック委員会会長」フランス大使館領事も出席

フランス代表として挨拶するミッシェル・アンリ⇓

1995年 大森のいすゞ自動車本社ビル「大森アナトリアム」で日仏絵画展が開催された。サローンドートンヌ副会長でフランス代表のミッシェル・アンリが挨拶し、招待客の森喜朗(元日本首相)がこの後挨拶した

 

シャペル・デ・ジェズイットて回顧展 この回顧展

にはフランス共和国大統領シラク夫人も出席した。

ベルナデット・シラク元フランス大統領夫人とミッシェル・アンリ⇓

1997年 ミッシェル・アンリが油彩画を子供の眼病の研究基金の為のニューヨークでのオークションにに提供する。主催者のスエーデン王女マリアンヌ・ベルナデットがミッシェル・アンリのアトリエを表敬訪問すると同時にミッシェル・アンリの絵がチャリティオークションのハイライトであったとの手紙を送る。

ミッシェルアンリのアトリエのミッシェルアンリとスエーデン王女アリアンヌ・ベルナドット↓

ミッシェルアンリのアトリエを訪問したスェーデンのアリアンヌ・ベルナドット王女

2回カルヴィ―市現代アート展にて会長に就任

シャトー・ド・ヴィクスーズで個展

㈱アデカ(ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して沖縄三越でミッシェル・アンリ来沖絵画展 を開催する。レイモン・バール元首相夫人、オルレアン公女からミッシェル・アンリにメッセージが届く 沖縄三越店長(元パリ支店の大歓迎を受ける)

レイモン・バール元フランス首相夫人がミッシェル・アンリに宛てた日本でのミッシェルアンリ展のお祝いの手紙↓

日本でのミッシェルアンリ来日展に宛てた、元フランス首相レイモン・バール夫人の手紙と翻訳

沖縄三越でのミッシェルアンリ来日展のミッシェルアンリ氏沖縄三越松本店長、ギャルリー亜出果武田夫妻↓

沖縄三越でのミッシェルアンリ来日展のミッシェルアンリ 沖縄三越店長 ギャルリー亜出果武田康弘夫妻

沖縄でのミッシェルアンリ歓迎パーティ↓

沖縄三越でのミッシェルアンリ来日展のミッシェルアンリ歓迎パーティ

 

 1998年 ㈱アデカ(=ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、神戸オリエンタルホテルと東京のプランタン銀座でミッシェル・アンリ来日展を開催する。

神戸オリエンタルホテルが日仏交流日本におけるフランス年のフランスフェアーのメインイヴェントとしてミッシェル・アンリ絵画展 兵庫県知事貝原氏より兵庫県の迎賓館招待され、ミッシェル・アンリに兵庫県の鍵が贈答され名誉市民の扱いとなる。ミッシェルアンリが神戸のサンテレレビ出演し震災復興中の神戸市民を勇気づけつメッセージをおくる。ミッシェルアンリが大阪神戸総領事アランナウンム氏を表敬訪問する。

新神戸オリエンタルホテルのミッシェルアンリ来日展での

ミッシェルアンリ、小笠原英次神戸日仏協会副会長と伊藤かほる氏↓

新神戸オリエンタルホテルのミッシェルアンリ来日展

兵庫県迎賓館のミッシェルアンリと貝原俊民兵庫県知事↓

 

  兵庫県貝原俊民県知事より迎賓会に招かれて兵庫県の鍵を授与され名誉市民の扱いとなるミッシェルアンリ

 

神戸サンテレビに出演したミッシェルアンリ↓

神戸サンテレビに出演したミッシェルアンリ

プランタン銀座がミッシェル・アンリ来日絵画展の開催を記念して、石井千恵子社長がミッシェル・アンリに壁画の制作を依頼し、ミッシェル・アンリは石井社長の要望に応えてプランタン銀座の壁画を描く

東京のプランタン銀座のミッシェルアンリ来日展のミッシェルアンリ来日展と石井社長↓

 

東京のプランタン銀座でのミッシェルアンリ来日展のミッシェルアンリと石井プランタン銀座社長

北海道雄武町の日の出岬ホテルがミッシェル・アンリの油彩画でホテルを飾りミッシェル・アンリギャラリーを作る。

ホテル日の出岬に飾られたミッシェルアンリの油彩画の前で、

札幌アリアンスフランセーズのベルガン校長、ギャルリー亜出果武田、札幌佐藤産業佐藤氏↓

北海道雄武町のホテル日の出岬に飾られたミッシェルアンリの絵画とヴェルガン札幌アリアンスフランセーズ校長、ギャルリー亜出果武田、札幌佐藤産業佐藤氏

ジャック・シラクフランス共和国大統領特別後援でフランス中部の湖上に浮かぶ城のシャトードヴァルでミッシェル・アンリ展が開催される。3月間で300,000人の入場者を数える。ミッシェル・アンリが制作したシャトードヴァルのリトグラフポスターとオリジナルリトグラフがチャリティ販売される。ミッシェル・アンリはその売り上げをシャトードヴァルの修復費用に寄付する。

シャトードヴァルでのミッシェルアンリ展のポスター↓

 

シャトードヴァルでのミッシェルアンリ展のポスター

シャトードヴァルのミッシェルアンリ展の案内状と翻訳↓

シャトードヴァルでの展示会の案内状とその翻訳

1999年 ミッシェル・アンリは、紀元2000年を記念してミッシェル・アンリのパリ2000年シリーズのオリジナルリリトグラフ版画シリーズを制作発表する。ミッシェル・アンリのパリ2000年はパリの凱旋門、ルーブル美術館等パリの20の名所を20種類のオリジナルリトグラフ版画にし描いたシリーズだ。

㈱アデカ(=ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、プランタン銀座と千葉三越で。サンシャインのフランス商工会議所展示場のギャラリーアデカでミッシェル・アンリ来日絵画展を開催する。各会場でミッシェル・アンリのサイン会を開催する。

プランタン銀座でのミッシェルアンリ来日展↓

プランタン銀座でのミッシェルアンリ来日展

プランタン銀座のミッシェルアンリ来日展のミッシェルアンリとギャルリアデカ武田↓

プランタン銀座でのミッシェルアンリ展のミッシェルアンリとギャルリー亜出果武田

 2000年 兵庫県が震災復興を記念して花と緑の博覧会<ジャパンフローラ2000>開催。貝原俊民兵庫県知事がフランス国立園芸協会の代表として兵庫県名誉市民のミッシェル・アンリ氏、アランナウンム在神戸大阪フランス総領事とギャルリー出果武田康弘と共に招待し、3氏ともに出席する。

兵庫県ジャパンフローラに出席したミッシェルアンリ↓

兵庫県のジャパンフローラに出席したミッシェルアンリ

ミッシェルアンリが招待されたジャパンフローラ2000の閉会式↓

演台には扇千景国土交通大臣↓

ミッシェルアンリが招待された兵庫県のジャパンフローラ2000閉会式

㈱アデカ(ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、名古屋三越でミッシェル・アンリ来日絵画展、新宿高島屋でミッシェル・アンリ来日絵画展、京都大丸でミッシェル・アンリ来日絵画展を開催する

 

 2001年 ㈱アデカ(=ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、池袋三越でミッシェル・アンリ来日展、千葉三越ミッシェル・アンリ来日絵画展を開催する。

池袋三越でのミッシェルアンリ来日展↓

池袋三越でのミッシェルアンリ来日展

グルドーモンターニュ駐日フランス大使がギャルリー亜出果と共催でミッシェル・アンリ歓迎パーティーを駐日フランス大使公邸で開催する。主催者のグルドー・モンターニュ大使夫妻がカクテルパーティー来客を歓迎する。ミッシェル・アンリはミッシェル・アンリの絵画のコレクターであるデビ・スカルノインドネシア元大統領夫人を同伴してミッシェル・アンリ歓迎パーティーに出席する。デビ夫人の招きでオペラ歌手の秋川雅史も出席する。ギャルリー亜出果武田康弘が司会をする。

フランス大使公邸でのミッシェルアンリ歓迎パーティ

挨拶するフランス大使、ミッシェルアンリ 大使夫人、ギャルリー亜出果武田、小笠原英次神戸日仏協会副会長↓

フランス大使主催のミッシェルアンリ歓迎パーティーの様子

フランス大使主催のミッシェルアンリ歓迎パーティに出席したミッシェルアンリ、デビ夫人、歌手の秋川雅史氏、パリ在住のピアニスト石井氏↓

フランス大使主催のミッシェルアンリ歓迎パーティーに出席したデビ夫人と歌手の秋川雅史氏

 

 2002年 ㈱アデカ(ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、札幌三越でミッシェル・アンリ来日展、岡山天満屋本店でミッシェル・アンリ来日展を開催する。札幌文化放送が札幌三越のミッシェル・アンリ来日を大々的に報道し、ミッシェル・アンリと札幌文化放送社長で在札幌名誉領事の木梨芳一氏、フランス大使館のフィエスキー一等書記官とジル・ギオー札幌アリアンスフランセーズ校長がミッシェル・アンリギャルー亜出果武田康弘と共にオープニングパーティーに出席する。

北海道雄武町主催のミッシェルアンリ歓迎パーティー

ミッシェル・アンリ フィエスキーフランス大使館一等書記官 ギオー札幌アリアンスフランセーズ校長↓

北海道雄武町主催ミッシェル・アンリ歓迎パーティー

 

ミッシェル・アンリの絵画で装飾された町立のホテル日の出岬を経営する雄武町町長田原賢一氏主催でミッシェル・アンリ歓迎パーティーが開催される。ミッシェル・アンリと共にフランス大使館のフィエスキー一等書記官、ジル・ギオー札幌アリアンスフランセーズ校長、ギャルリー亜出果武田康弘が参加。

札幌三越のミッシェルアンリ来日展 ミッシェル・アンリ、フィエスキーフランス大使館一等書記官、ギオー札幌アリアンスフランセーズ校長、相蘇札幌三越店長、ギャルリー亜出果武田↓札幌三越ミッシェル・アンリ来日絵画展

 

2003年 

在札幌フランス名誉領事で札幌文化放送社長木梨芳一氏とギャルリー亜出果社長武田康弘が雄武町のミッションとしてミッシェル・アンリの故郷ラングルを訪れる。ミッシェル・アンリギャラリーのある雄武町とミッシェル・アンリ美術館を予定しているラングルの友好関係を深めるため。松原在アルザス日本領事も出席してラングル市長が歓迎パーティを開催する。パーティ出席者は、ラングル市長、ミッシェル・アンリ、木梨芳一氏、松原領事、パトリス・ド・ラ・ペリエ-ルユニベールデアール誌社長↓ラングル市役所 日本からのミッション歓迎式

ラングルの名士ルグロ氏がラングルの古い建物を購入してミッシェル・アンリ美術館にする事を決定する。ミッシェル・アンリ美術館予定の建物↓

ラングルのミッシェルアンリ美術館予定建物

パリの仁野覚エスモード学園パリ本校校長が自宅で木梨芳一氏の歓迎パーティーを開催し、木梨芳一氏、ミッシェル・アンリ、磯村尚徳元NHKニュースキャスター、元NHK欧州総局長、パリ日本文化センター初代館長夫妻、パトリス・ド・ラ・ペリエ-ルユニベールデアール誌社長夫妻、ギャルリー亜出果武田康弘などが招待される。 

エスモードパリ本校校長仁野覚氏、在大阪総領事、ミッシェル・アンリ、小笠原英次神戸日仏協会副会長 ギャルリー亜出果武田↓

 仁野エスモード校長

㈱アデカ(ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、池袋三越でミッシェル・アンリ来日絵画展、仙台三越でミッシェル・アンリ来日絵画展、博多大丸、大阪京橋のギャラリー木村でミッシェル・アンリ来日絵画展を開催。

ギャラリー木村のミッシェルアンリ来日絵画展にはフィリップ・シャテニュー在神戸大阪フランス総領事の氏と元大阪市長の大嶋夫妻が来場する。

ギャラリー木村でのミッシェルアンリ来日展 ミッシェル・アンリと

大島元大阪市長夫妻↓

ギャラリー木村でのミッシェルアンリ来日展 大島元大阪市長来場

ギャラリー木村でのミッシェルアンリ来日展 マダム木村、ミッシェル・アンリ、フィリップ・シャテニュー在大阪フランス総領事↓

ギャラリー木村でのミッシェルアンリ来日展 マダム木村、ミッシェル・アンリ、フィリップ・シャテニュー在大阪フランス総領事

仙台三越のミッシェルアンリ来日絵画展では、仙台テレビがミッシェル・アンリ来日絵画展の開催を大きく報道した。在札幌フランス名誉領事で札幌文化放送社長木梨芳一氏が会場に来場してミッシェル・アンリとギャルリー亜出果武田康弘と再開を果たす。福島県飯舘村の菅野典夫村長夫妻が来場する。菅野村長は、飯舘村にレイモン・ペイネとミッシェル・アンリの愛と平和、花と幸福の美術館を創る希望を持っていた。

仙台三越ミッシェル・アンリ来日展の菅野村長夫妻とギャルリー亜出果武田↓

仙台三越ミッシェル・アンリ来日展 の菅野典雄飯舘村村長夫妻

ミッシェル・アンリとギャルリー亜出果武田康弘が博多大丸会長・福岡日航ホテル社長の太田和夫氏に博多に招待される。ホテル日航がミッシェル・アンリの絵画を購入しホテルに飾る。

 

ミッシェル・アンリの絵画で装飾された阪急インターナショナルホテルでミッシェル・アンリ、フィリップ・シャテニュー在神戸大阪フランス総領事、仁野 覚パリエスモード学園パリ本校校長、小笠原英二 社)神戸日仏協会副会長 ギャルリー亜出果社長武田康弘が夕食会を開催。

アルビー市のあるミディピレネー州が主催して、ロートレックの故郷のアルビー市のロートレック美術館隣接のムーランアルビジュアでミッシェル・アンリ回顧展が開催され、ミッシェル・アンリの油彩画約200点が展示される。ミッシェル・アンリ、と共にギャルリー亜出果武田康弘が出席し地元のテレビ局からインタビューを受ける。ユニベールデアール誌が特集記事を掲載する。

 

フランスアルビー市のムーランアルビジョワでのミッシェルアンリ回顧展

地元メディアが放送する。↓

 フランスのアルビー市でのミッシェルアンリ回顧展

アルビーでのミッシェルアンリ回顧展でインタビューに応じるミッシェル・アンリ↓

フランスのアルビーで三越ミッシェル・アンリ回顧展 インタビューに答えるミッシェル・アンリ、

2004年

ギャルリー亜出果武田康弘が事務局長となりミッシェル・アンリ友の会を創立する。磯村尚徳元NHKニュースキャスター、元NHK欧州総局長、パリ日本文化センター初代館長が会長となる。貝原俊民兵庫県知事、片桐松樹、扶桑社社長、太田和夫福岡ホテル日航社長、木梨芳一在札幌フランス名誉領事で札幌文化放送社長が役員となる。

㈱アデカ(=ギャルリー亜出果)がミッシェル・アンリを日本に招待して、日本橋三越でミッシェル・アンリ来日絵画展、神戸大丸でミッシェル・アンリ来日絵画展、広島三越がミッシェル・アンリ来日絵画展を開催する。ミッシェル・アンリとギャルリー亜出果 武田康弘が井戸兵庫県知事を表敬訪問

 井戸兵庫県知事、ミッシェル・アンリ、小笠原英次神戸日仏協会副会長、ギャルリー亜出果武田↓

 兵庫県知事室で井戸兵庫県知事を表敬訪問

2005年 6月恵比寿ウインスティンホテルで伊勢丹百貨店特別顧客招待招会でミッシェル・アンリとフランス巨匠展開催(ミッシェル・アンリ、ピカソ、シャガール、ユトリロなどが展示される。)

11月新宿伊勢丹・松戸伊勢丹・府中伊勢丹ミッシェル・アンリ来日絵画展開催

 

2006年 日本橋三越ミッシェル・アンリ来日絵画展 

    仙台三越ミッシェル・アンリ来日絵画展

    横浜インターコンチネンタルホテルミッシェル・アンリ来日展

  

2007年 フランス北部の中心都市リールの高級ホテルエルミットガントロワがミッシェル・アンリ回顧展を開催。日本からギャルリー亜出果武田康弘を招待する。

   池袋東武ミッシェルアンリ来日展 

   神戸大丸ミッシェル・アンリ来日展 

   広島三越ミッシェル・アンリ来日展

   岡山天満屋ミッシェル・アンリ展

 

2008年 日本橋三越ミッシェル・アンリ来日展開催 

     福山天満屋ミッシェル・アンリ来日展開催(広島テレビが放送)

     名古屋三越ミッシェル・アンリ展

 

2009年  神戸大丸がミッシェル・アンリ来日絵画展開催 

     京都大丸ミッシェル・アンリ来日絵画展開催

     箱根小田急ハイランドホテルギャラリーがミッシェル・アンリ来日展開催

 

2011年 パリ市展金賞 パリとカンヌのヴィセリ画廊がミッシェル・アンリ個展開催

 

2012年 日本橋三越ミッシェル・アンリ展  

神戸大丸ミッシェル・アンリ絵画展開催

 

2013年 日本橋三越フランス現代アートの世界展のメイン画家として出展

     札幌三越ミッシェル・アンリ展 開催

 

2014年 パリ郊外のアントニー市主催ミッシェル・アンリ回顧展開催

会場入り口の写真↓

パリ郊外アントニー氏のミッシェル・アンリ回顧展

2016年12月25日   パリ郊外にて死去

     

 その他の日本でのミッシェル・アンリ展(心斎橋大丸、京都大丸、梅田大丸、岡山天満屋、高松天満屋、広島三越、梅田大丸 吉祥寺東急、、たまプラーザ東急、町田東急、町田小田急、いわき大国屋)

 

2:作品収蔵コレクター

コレクター:パリ市近代美術館  ボゴタ美術館  ヴァランス美術館 ラングル美術館  ベイルート美術館  オルレアン美術館  サウジアラビア王室  モナコ公室 スエーデン王室  オランダ王室  ノルウエー王室  シラク元フランス共和国大統領  レイモン・バール元フランス首相  フランス女優ジャンヌ・モロー  アメリカ女優グレダ・ガルボ カナダカルガリロックホテル 阪急インターナショナルホテル、福岡日航ホテル 順天堂医院 …etc

 

3: ミッシェル・アンリからギャルリー亜出果への手紙2006

 

私は自然の画家です。木々、原野、森、花々、果実など全て好きです。だから、私は農業功労賞を受賞いたしました。この賞は、多くの方が受賞を望まれますが、アーティストが受賞する事は稀です。この作品は野の花々のブーケです。とてもシンプルで素朴な作品です。画家がいなければ、コクリコがこれほど賞でられる事はないでしょう。なぜなら切り取られて花瓶に入れられたコクリコは、すぐに色褪せてしまうからです。画家がいなかったら、コクリコが他の花々と一緒に花瓶に行けられるのを見ることも無いでしょう。なぜなら、他の花々が長く咲き誇っていても、コクリコはすぐに萎れてしまいますから、一緒に活ける事が出来ないのです。つまり、画家の魔法によってコクリコは枯れずに咲き誇っているのです。魔法とは画家のイマジネーションです。普通の花は、花瓶の水を吸い上げて生き延びますが、コクリコは逆に樹液が水の中に流れ出しすぐに枯れてしますのです。コクリコを花瓶の水に浸けると驚く程の速さで萎れます。自然のミステリーです。コクリコはかよわい花です。画家の魔法とは、一瞬にして枯れてしまう、コクリコにキャンヴァスの上で永遠の命を与えるのです。

 

 

4:ユニベール・デ・ザール誌2013年7月~8月号

ミッシェル・アンリ特集 

最近開催されたマレの画家展でも、ミッシェル・の登場はやはり注目を集めた。ミッシェル・アンリは極度に控え目にしていても、彼の絵画マーケットでの大きな存在感を常に感じさせる。 

ミッシェル・アンリは同世代の具象画家の中でも特に活躍している画家である。彼は、40年間常にフランス人に支持された高い価値の画家である。それは、彼のコレクターやメセナのリストを見てもすぐに解ることだ。大統領夫妻、大臣、国家の要人、有名な俳優は歌手などを彼の絵画は魅了し続けてきた。フランスのエリート達の美しい客間に招待されるとミッシェル・アンリの絵画を目にするだろう。 

今日、ミッシェル・アンリは多くのイヴェントに参加し彼の絵画は、展示され、輸出され売られている。オークションでの重要な品目に数えられ、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、日本、韓国の客を引き寄せている。それらの国で、巨匠ミッシェル・アンリは非常に稀な卓越した画家として愛されている。彼のマチエール(絵画の質感)が生み出す澄んだ透明感のある絵画は、彼の無二の才能の証であり、美と愛の永遠の栄光を作り続けている。

 

 

1: ユニベール・デ・ザール誌2004年4月号

ユニベール・デ・ザール誌xミッシェル・アンリ対談 

 

ユニペール・デ・ザール誌の質問: 貴方の絵画について聞かせてください。 

ミッシェル・アンリ: 私にとっては、絵画のテクニックと知識がとても大切です。歳を経れば、経るほどに才能だけでは描けないとの思いを深めます。才能はテクニックの裏付け、つまり勤勉な  練習があって初めて開花します。だから、4・5点画いて画家と名乗る事は出来ません。絵画が偶然に巧く画ける事も、偶然に失敗する事も有り得ないのです。アマチアの画家は、なぜ巧く画けたのか、なぜ駄目だったのがわからないのですが、プロはその理由を知っています。テクニックが全ての基本であるとすれば、デッサンはテクニックの基本です。タブロー(油彩画)を見る時には、色彩の下にデッサンが、構成が、建築がある事を知るべきです。偉大な画家の研究をすれば解る事ですが、訓練によって完成されたテクニックを持たない画家はいません。完全にテクニックを身に付けた後に、その画家の独自性が完成するのです。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:どの画家が一番心に響きますか。 

ミッシェル・アンリ:私の好きな画家ですか?ボナール(Bonanard)よりも、ビュイアール(Vuillard)、クレーよりもスタールが好きです。私にとってはいビュイアールは生き生きとしてストレートです。スタールに関して言えば、自然から出発して抽象に至ります。クレーはその逆方向で、抽象から自然に向かいます。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:印象派については如何ですか。

 ミッシェル・アンリ:印象派は余りに全員一致で人気が在りすぎます。今日では、印象派は自己完結しているように思われていますが、ある時代の流行に過ぎません。なのに、フランス絵画はルイ15世の世紀で止まってしまったかのように思われています。例えルイ15世の時代に芸術が完成の時をむかえたとしても、その時代で芸術が停止する訳では在りません。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:貴方の最近のインスピレーションについてお伺いしたいのです。インスピレーションは時と共に変化しますか。 

ミッシェル・アンリ:私のインスピレーションはずっと同じです。けれども、進化していきます。私の初めてのタブロー(油彩画)は窓の前にあるミモザのブーケでした。背景は想像で画きました。その、想像して画いた背景は私の故郷ラングルの城壁でした。その時やはり、カーテンも画きました。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:貴方の絵画のオリジナリティはどのようにして生まれましたか。 

ミッシェル・アンリ:私にとって運命的な欠陥によって生まれました。つまり、欠陥が最大の魅力になったのです。私が画き始めた時、私は色価(valeur)に無関心で色彩にのみ興味が在りました。例えば赤は沈んだ色価(valeur)ですが、私は輝く色彩と考え、明るい色価(valeur)として使用しました。その結果、絵の背景は明るいものですか、私は逆に沈んだ色にしました。それでも、結構見られる絵になったのです。私には色彩が色価(valeur)より優先するのです。今でも思い出すのですが、私の指導教授のシャプラン・ミディが<君は色価を無視して絵を完成させる幸運を掴んだ、私は何時も色価を考えながら画かなければならない>と嘆いたものです。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:貴方は自分の見た物とモチーフから自由になれますか。 

ミッシェル・アンリ:勿論です。幸運な事に絵画は人工の物なので、目でみる現実その物ではありません。むしろ、芸術家はその現実の後ろに何があるかを見抜いていくのです。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:つまり貴方は非常に豊かな想像力に恵まれていると考えてよろしいですか。

 

ミッシェル・アンリ:それは、分かりません。私は全ての物から学びます。例えば、散歩する時、周囲を見ながら歩きます。私が、タブローを画き始める時、すでになすべき事が分かっています。アイデアが完全に固まっていない時でも、進めて行くうちに突然閃きます。

 

ユニペール・デ・ザール誌の質門:もし、間違っていたらすみませんが。結構、速く画かれるようですね。

 

ミッシェル・アンリ:はい、画くスピードは速い方です。私の周りには、良い画家でもっと早く画く人もいます。私は効率の良いほうです。画くスピードはその画家の個性に依ります。モリエールは<人間嫌い>の中で「時間を掛ければ良いとゆうものでは無い」といっています。作品の質は製作に掛けた時間に比例しません。非常に幸運に恵まれる時があって、その時は自分で自分の限界を超えていると感じます。自分でも驚くのです。絵画の魔法とでの言いましょうか。

  

2:ユニベール・デ・ザール誌 2003年9月号

ミッシェル・アンリ特集 

ミッシェル・アンリ回顧展 1949年~2003年

 この9月はミッシェル・アンリにとって重要なヴァカンス明けとなった。ミディ・ピレネー地方議会とタルヌ県議会が、ツールーズ・ロートレックの生まれた町アルビーで彼の大規模な回顧展を開催する。ミッシェル・アンリの才能については異論の無いところだが、フランスのみならず海外<特にアメリカと日本>でも彼のコレクターは多い。 

この地方のミッシェル・アンリのコレクターのミッシェル・ゴメス氏が中心となって企画を進め、アルビーでのサローンヌ・ドートンヌが開催されるムーラン・アルビジュワで、つまり画家にとっても親しい場所での開催となった。ミッシェル・アンリがフランス国立高等美術学校卒業直後の1951年~1956年アムステルダムのデカルトの家に留学中の作品、1957-1958年マドリッドのベラスケスの家留学中の作品など古い時代の作品に触れる絶好の機会だ。 

もちろん最近の作品も展示され、皆さんの馴染み深い、前景にブーケがあり、後景に開かれた窓の向こうに風景や海景が配された構図の作品もご覧になれる。ミッシェル・アンリの言葉を引用しよう<私は自然を私の感性に従って再創造する。私のヴィジョンは植物画家とも、風景画家とも、ましてやシュールレアリストとも違う。私は私が見たものを描くのではない。私が見た物は、私が見ていない物を描くために必要なのだ。>ミッシェル・アンリの作品には透明感がある。花や果物が盛られた、クリスタルの瓶、コンポート、花瓶などをキャンバスに描き出す。 

彼が花を好きなのは、この自然のエレメントは例外的な色彩のニュアンスを持っているからだ、自然の中のどんな物よりも勝った輝きだ。再びミッシェル・アンリを引用しよう<もし、私がよく花を描くとすれば、この世で一番美しい色は花の色であり、また、花の表情から、その香りも感じる事が出来ることを確信しているからだ。>

 100点余りの作品が展示され、来場者は20世紀の巨匠の作品を一堂に見ることが出る。   パトリス・ド・ラ・ペリール

 

 

3:ユニベール・デ・ザール誌 2003年6月号

ミッシェル・アンリ特集 

 芸術作品は観賞する人を想定している。誰にも見られずにアトリエの片隅に捨て置かれる物ではない。芸術作品が生きるとは、見られ感動される事であろう。 ミッシェル・アンリはエゴイストではない。彼が感動し、見たものを静かに詩的に表現する。サンレミにあるジュエンヌ美術館のエステルギャラリーを訪れる者は、ミッシェル・アンリの作品がバランスよく展示されているのに出会うことだろう。純粋な線の美しさ、透明感と輝きのある赤、輝く部分を引き立たせるブラウンなど、その繊細で卓越した画家の才能が現実世界をミッシェル・アンリの世界へと変貌させる。サクランボ、コクリコやパリの風景などは、私たちにとっては日常的な物であり、特筆する程ではないが、これらのオブジェがミッシェル・アンリによって優美な絵画世界へ仕上げる。透明な花瓶の中の花束は、しばしば窓辺に置かれ、ベニスの教会やノートルダムを背景に描かれ、魔法のように美しい世界を創り出す。ミッシェル・アンリのクリスタルの透明感、ブーケの軽やかさや建物の力強いデッサン力に見られる才能がしばしば誉めそやされるし、それは否定できない。確かにそうであろう。しかし、私たちは、現実の中にあるシンプルでしかも本質的な事物に対する画家の賛嘆と情熱も同時に分かち合いたい。         パトリス・ド・ラ・ペリエール

 

 

4:ユニヴェール・デ・ザール誌 2001年3月号

ミッシェル・アンリ特集 

ミッシェル・アンリの絵画は特別な風合いがある。彼は独創的な絵画形式を作り出した。それぞれの絵画の中で支配色の果たす役割が大きい。赤とか青の基調になる色が、歌い上げられ、画家を私たちが満足いくまで、その色調の世界を漂わせる。ミッシェル・アンリの天性の才能は、確かな美学に基づいた装飾性がある。それぞれの、ボブジェ、花瓶、フルーツなどが前景に配されている。これらの身近で、親しい見やすいオブジェはシンプルで画面に彩りを添え、構成の要素となり、遠くを漂った視線がいつでも戻ってこれる場所でもある。

ミッシェル・アンリの確かな才能は、花を描く時にひときは輝きをます。ミッシェル・アンリがキャンバスに登場させる花々は、やさしい美しさ、優美さを備えている。その並外れた力量で、安らぎと一瞬のはかなさとがひそやかなやさしさを花から感じさる。ミッシェル・アンリは私たちを彼のイメージの世界へ導く。けれども、私たちの日常からそんなに遠くへ、連れて行くわけではない。現実の世界より、ほんの少し空気が澄み、オブジェが軽やかで、遥かなロマンチックな冒険に満ちた旅へと私たちの視線が旅立つそんな空間がミッシェル・アンリが私達を導く世界だ。

 

 5:ユニヴェール・デ・ザール誌2000年夏号 

ミッシェル・アンリ特集

創造する事は、印象をシンボルと色彩で魂を込めて表現する事だ。 

上記は終戦直後、パリ国立高等美術学校を卒業したばかりのミッシェル・アンリの言葉だ。  

画家グリュベール(Gruber)、の影響を受けて、仲間達が皆、悲惨主義(mizerabiliseme)に同調する頃、ミッシェル・アンリは<どうして幸福であることを恥じる必要があるのだろうか>と、微笑みを浮かべながら、時代の寵児悲惨主義への反抗を宣言した。ミッシェル・アンリ芸術は幸福と協調の為の戦いとも言えよう。色彩と生命力に溢れた、彼の燃え上がるような花々は、その旗印とも言えよう。その上、カザ・ベラスケスへの留学で身に着けた雄大な構成力によってブーケの美しさはさらに際立ってきた。ミッシェル・アンリの静物画は人生とやさしさのレッスンのようで、惜しむことなく絵の具をつぎ込み、色彩とマチエールを豊かにしてる。ルージュ(赤)が思い切り爆発し、花の生命力を描き尽す。ルビー色、鮮やかなローズ色、鮮やかな赤(ヴァーミリオン)が舞い踊り、世界で最も美しい都市を飾り立てる。その街の美しさも、咲き誇る生命力溢れる花々に比べると、まだ控えめに見える。自然の賛美者ミッシェル・アンリはパリやヴェニスをキャンバスの後景に退けて、人間の造形は一厘のコクリコの美しさにも届かない事を思い出させる。ここでは、美しさは私達のすぐ近くに潜んでいる、最もシンプルな形で、最も表現的にそして、最も儚く。なぜなら、もしミッシェル・アンリが花の圧倒的な美しさを描くとすれば、それは、また、花の褪せやすさも知っているからだ。そのブーケは、まだ数時間、私達の目を楽しませてくれるだけで、すぐに透明な花瓶の中で枯れてしまう。キャンヴァスの向こう側に、目を向けた時、ミッシェル・アンリの絵画には甘美さとほろ苦さが同居しているのが解る。その、コクリコやバラのブーケからロンサールの詩が聞こえてくるようだ。

<愛らしい乙女よ、みずみずしい若さに満ちた乙女よ、さあ青春の果実を摘み尽くせ、この花のように老いがお前の美しさを取り上げに来る前に>

 

5:ミッシェルアンリ絵画

1)オリジナルシルクスクリーン版画作品

1:ミッシェルアンリの<アルザスの春>=フランスの春夏秋4部作の春 

1985年作品 オリジナルシルクスクリーン版画

作家自筆サインと限定部数入り

300部限定とEA イメージサイズ 52x65㎝

 ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 アルザスの春

アルザスの桜は有名だ。4月頃満開となり、6月にはサクランボが果物屋の店頭に並ぶ。クリスタル花瓶に活けられた桜の花弁のピンクも数種類のヴァリエーションがあり、その後方の桜の木も薄いピンク色で描かれている。桜の木の間から垣間見える緑の原野とその向こうに丘陵と空が薄いブルーと白濁色で描かれている。空にはピンク色の雲が散りばめられていて、桜の花弁と美しいハーモニーを奏でている。 12世紀頃から19世紀まで、ヨーロッパ全土で覇権を握った名家ハプスブルグ家はスイスのバーゼル出身だが、その先祖はここアルザスから出ている。この艶やかな桜を見ながら、ハプスブルグ家の栄華を忍んでみるのも一興かもしれない。ミッシェル・アンリはアルザスより少し南のブルゴーニュ地方のラングルで生まれた。ラングルはローマ時代にローマ人がガリア(今のフランス辺り)に築いた城塞とした。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

2:<カシスの夏>=フランスの春夏秋4部作の夏 

 1985年作品 オリジナルシルクスクリーン版画

作家自筆サインと限定部数入り

300部限定 イメージサイズ 52x65㎝

 ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 カシスの夏

 カシスは、「フランス第3の都市でフランス国家マルセイエーズと、魚のスープ、ブイヤベースで有名なマルセイユから10キロ程西に位置する。漁業と観光の地中海岸の小さな港町カシスの海辺にクリスタル花瓶に活けられたコクリコ(ポピー)が描かれている。花瓶の台として、ガラスのような透明感と輝きのある、幾種ものブルーを中心に複雑な模様が描かれている。このブルーと海のブルーのハーモニーが胸が震える程に美しい。その感動的な響き合うブルーに挟まれたクリスタル花瓶の上部から飛び出した赤いコクリコの花弁が立体的に描かれている。背景のブルーと花弁の赤に代わるがわる眼を移すと、見事な3次元世界が出現する。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

3:<ブルゴーニュの秋>=フランスの春夏秋4部作の秋

1985年作品 オリジナルシルクスクリーン版画

作家自筆サインと限定部数入り 300部限定 イメージサイズ 52x65㎝ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ブルゴーニュの秋

  ブルゴーニュはフランスの北西部の地方でブルゴーニュワインの産地としてもしられている。収穫前の葡萄畑を背景にバラ、ガーベラと葡萄が、クリスタル花瓶とクリスタルコンポートの入れられている。花はウィンレッドで描かれ、葡萄は深みのあるブルーで描かれていて、重厚感のある秋のイメージと重なる。構図の美しさに特に心を奪われる。幾つもの三角形が重なって、遠近感を出すと同時に幾何学的な美しさが感動を呼ぶ。バラの花弁から盛られた葡萄の頂点、クリスタルコンポートの右端を結ぶ線とバラの花弁から真下に引いた線が描く3角形が中心となっている。遠景の教会の尖塔を頂点として、葡萄畑の列を辺とする2等辺三角形がいくつも構築されている。ガーベラの左端と教会の尖塔を結び、コンポートの右端と尖塔を結ぶ三角形も姿を現す。ガーベラの花、葡萄のコンポートもそれぞれ、三角形を含んでいる。三角形の安定感と重厚な色彩、オブジェの下の台も輝きの無い、青灰色で重みと安定感を与えている。豊穣な実りの秋だ。ブルゴーニュは高級ワイン代名詞となっている。有名な最高級ワインのロマネコンティもブルゴーニュの最高級ワインだ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

4:<ノルウェーの冬>=フランスの春夏秋4部作の春冬

1985年作品 オリジナルシルクスクリーン版画

300部限定 イメージサイズ 52x65cm

オリジナ作家自筆サインと限定部数入り

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ノルマンディーの冬

ノルマンディーは大西洋に面した平野で対岸がイギリスになっている。港町カレーからイギリス渡しの船に乗り海から見ると、イギリス側の切り立ったフォルクストーンの断崖絶壁とフランスノルマンディのなだらかな丘陵平野が見える。イギリスの厳しさとフランスの柔らかさを象徴するようだ。年に数回、冬にも咲くデルフィニューム、多くの種類があって一年中入手できるバラと、冬の果物オレンジが描かれている。その向こうには、雪に覆われた原野がなだらかな曲線で、柔らかく描かれ、冬の空の厚い雲から、冬の太陽の弱い光が漏れている。オレンジ色と補色のヴァイオレットが、互いの鮮やかな色彩を際立たせあっている。厳しい冬でありながら、柔らかい曲線で雪を暖かな真綿のように描き、冬の花と果実を色鮮やかに配置して、厳しさに耐えて生きる希望と喜びを与えてくれる。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

5:<ノートルダム>=パリ4部作

1986年作品 作家自筆サインと限定部数入り

300部限定 イメージサイズ 52x65㎝

オリジナルシルクスクリーン版画

ミッシェル・アンリ シルクスクリーン版画 ノートルダム

12世紀中頃から約1世紀掛けて完成された代表的なゴチック様式の教会であるパリのノートルダム寺院とセーヌ川を見渡す窓辺にフラワーコンポートが置かれている。落ち着いた色調で描かれている。手前から3つ目の橋の右端を出発点にして橋を渡り、白い建物を通りコンポートの左端を結ぶ曲線が、コンポートの底をなぞって花の右端まで、曲線を伸ばす渦巻状の構図を使っている。遠近方の集束点で渦巻構図の出発点にまず眼が行き、渦巻曲線を辿って、この絵画の唯一明るい色彩で描かれたコンポートのブーケに視線が辿り付き、しばらく色彩の楽園に遊び、ほっと一息付いたところで眼を上にあげるとノートルダムの塔が眼に入り、この絵画はノートルダムの為に描かれた事に気が付くという仕組みになっている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

6:<エッフェル塔とアイリス>パリ4部作

1986年作品 作家自筆サインと限定部数入り

300部限定 イメージサイズ 52x65㎝

オリジナルシルクスクリーン版画

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 エッフェル塔とアイリス

 構図が奇抜な作品だ。左のエッフェル塔と右のアイリスのブーケがいずれも垂直に立っていて不安定な印象を与えるが、キャンバス下の部分を底辺とした三つの三角形が絵画に安定感を与えている。クリスタルの花瓶に活けられたアイリスの右上端からキャンバス左下角に直線を引くと大きな三角形ができる。反対の左側に聳えるエッフェル塔の頂点からキャンバス右下角に直線を引くと左半分に大きな三角形ができる。川面の煌めきが美しいセーヌ河が、遠近法で手前に広がっている。そのセーヌ河の両岸を辿って行くと遠方の建物の屋根辺りが集束点となり、セーヌ河が三角形を構成している。全ての風景オブジェがこの構図に整然と配列されていて、安定感がある。アイリスが右上に塊として描かれていて、細いクリスタル花瓶で倒れそうな不安があるが、この堅牢な3つの三角形がその不安定さを払拭している。緑からヴァイオレットに至る寒色系で纏められた涼やかな絵画だ。フレッシュな心地良さを感じさせてくれる。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

7:<グランパレ>=パリ4部作

1986年作品 作家自筆サインと限定部数入り

300部限定 イメージサイズ 52x65㎝

オリジナルシルクスクリーン版画

ミッシェルアンリ グランパレ オリジナルシルクスクリーン版画

グランパレはセーヌ川に掛かるアレクサンダー三世橋に隣接している。どちらも1900年頃建てられ、パリの名所になっている。幾重にも重ねられた階段状の構図になっている。黄色い花のコンポートが置かれている最前面の後ろに、煌めくセーヌの川面が重ねられ、さらに、アレキサンダー三世橋が重ねられ、アレクサンダー三世橋の黄金色の彫刻を頂いた欄干とグランパレの屋根が重ねられていて、最後景は青、白、ピンクの空、とキャンヴァスを水平に重箱のように5段階に重ねてあり、階段を上っていくように下から上に視線が上がっていく仕組みになっている。水平な面の積み重ねが絵画に重厚感を与えている。黒で描かれた、グランパレのガラス屋根など、落ち着いた色調になって構図の重厚感と調和している。その中で唯一黄色い花弁がコンポートの中で、橋の欄干の黄金色の彫刻と響きあいながら艶やかに咲いている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

8:<モンマルトルのサクレクール寺院>パリ4部作

1986年作品 作家自筆サインと限定部数入り

300部限定 イメージサイズ 52x65㎝

オリジナルシルクスクリーン版画

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 モンマルトルのサクレクール寺院

 サクレクール寺院はパリ北部のモンマルトルの丘に建つバジリカ教会だ。日が暮れてシャルルドゴール空港からパリの向かうと、真っ先にその優美な純白の姿がライトアップの中に浮かび上がって観光客を感動させる。白いバラとサクレクール寺院の純白の壁とドーム屋根のハーモニーが美しくい。右端の細長いクリスタル花瓶に白いバラが活けられてキャンヴァス上方を占領している。花の重みで安定を失いそうだが、サクレクール教会が花束の左端を支えて、安定させている。それによって構図としての強さを出すと同時に手前の花を巨大に描き、サクレクール寺院を小さく描いて遠近を強調している。この遠近法は、ヨーロッパが日本の葛飾北斎など浮世絵から学んだ手法だ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

9:<5本のバラ>静物画2部作

2002年作品 作家自筆サインと限定部数入り

250部限定 イメージサイズ 49x67㎝

オリジナルシルクスクリーン版画

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 5本のバラ

 ブルーを基調の<ブルーの窓辺>と対で制作された赤を基調の静物画だ。赤は比較的暗い色彩として知られるが、ミッシェル・アンリは赤を明るく表現する事に成功した。幾重にも赤を塗り重ね、時には白を塗り重ねアクセントを付ける事で、明るい赤に見せている。ピンクのバラが5本誇らしげに、リズミカルに散りばめられた黒っぽい葉の上に聳えている。クリスタル花瓶も背景の赤に染まっている。中央にはコンポートに赤いプラムが描かれ、左右にもプラムが置かれバランスをとり絵画に構図的な安定を与えている。クリスタル花瓶の白い縁とそれを支えるうすく透明感のあるモスグリーンの台座部分が快く調和している。おしゃれで楽しい作品になっている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

10:<ブルーの窓辺>静物画2部作

2002年作品 作家自筆サインと限定部数入り

250部限定 イメージサイズ 49x67㎝

オリジナルシルクスクリーン版画

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ブルーの窓辺

赤を基調にした<5本のバラ>と対で制作されたブルーを基調の作品だ。うすい黄色のバックスクリーンから光が入って、前面のオブジェを浮上がらせている。この作品はブルーを基調としているが抜けるような明るさはない。ブルーは明るい色彩に分類されているが、この絵画には落ち着いた重厚感がある。僅か数本のデルフィニュームが明るい水色で描かれているが、それ以外は深く重みのあるブルー系を使っている。バラも果物も沈んだウィンレットで描いている。明るいはずのブルーを基調の作品を落ち着いてシックな作品に仕上げ、暗い色彩のはずの赤を明るい色彩として、5本のバラを描いている。常識的な色彩理論あざ笑うような、ミッシェル・アンリの才能に驚くばかりだ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

11:<ベニスのブーケ>

1999年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サインと限定部数入り

250部限定 イメージサイズ 49x670㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ベニスのブーケ

 ベニスを背景にクリスタル花瓶に活けられたボタンとチューリップが描かれている。柔らかいローズ色をと流れるような優美な曲線を多用して非常に上品な絵画に仕上がっている。とろけるようなローズ色の花と空の間にヴェニスのセントジョルジュ教会やサンマルコ寺院が透明感のあるブルーで描かれている。ヴェニスの岸の近くはその反映で海もブルーに染まっている。中心のブーケの幾つものピンク色の花弁を見つめて、ピンク系の色彩に飽きた頃、眼を少し下にずらすと幻想的な透明感のあるブルーに染まったベニスが眼に飛び込んで新鮮な驚きを与える。その美しさを堪能して眼を上にあげると、画布いっぱいに広がるうすいブルーとピンクの空があり、緊張が解け、ゆったりとした気分に浸る事できる。ミッシェル・アンリはベニスを題材に多くの絵を残している。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

12:<ローマの窓辺>

2000年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サインと限定部数入り

250部限定 イメージサイズ 49x670㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ローマの窓辺

透明感のあるグリーンを基調にしている。グルーンは溌剌としたヘルシーなイメージがある色彩だが、ミッシェル・アンリは又しても、色彩の定義を変えてしまった。彼のグリーンはエメラルドの様な、神秘的で透明感のある色彩だ。窓の向こうにローマの建築物が見えている。窓辺には、桜の小枝、野バラ、スモモがクリスタルの器に配されている。室内の春の花と果物が窓の外の2000年の歴史を刻むローマの建築物と美しさを競っているようだ。遠方に広がる古代の風景と2000年後の現在がミステリアスで透明感のあるグリーンの帯で隔てられている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

13:<ブルガンディのピクニック>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 80x91㎝ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ブルガンディのピクニック

 フランス北東部のブルゴーニュ地方の原野で子供たちがピクニックを楽しんでいる。ブルガンディは英語の呼び名でフランス語ではブルゴーニュとなる。ポピーが咲いているので春であろう。子供たちがいる草地の向こうはラベンダー畑だろうか。紫がかっているが、紫の色が未だ薄い。満開まではもう少し時間がかかるのであろう。画布手前にポピーが少しづつ空間隔てて咲いている。右に左に傾いて、楽しげに揺れている。視線は、その少し向こうの細長く伸びた木の間から子供たちと原野、次にラベンダー畑と低い丘陵へと移って行き、最後にオレンジの雲が散りばめられた青い空に辿りつき、しばし彷徨う。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

13:<プロヴァンスの陽光>

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 プロヴァンスの陽光

地中海に程近いプロヴァンスは明るい光があふれている。陽光の下で、ヴィラの扉は開いたまま初夏の一日が過ぎてゆく。すっかり紫色になったラベンダーの原野が地平線まで続いている。初夏の一日プロヴァンスの原野で陽光を浴びていると、この様な日が永遠に続くような錯覚を覚える。この絵画を見ていると構図も色彩論も消滅してしまう。絵画の中に溶け込んで、プロヴァンスの陽光に身を委ねたくなる。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

14:<黄金色のベニス>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 80x91㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 黄金色のベニス

ベニスには黄金色が似あう気がする。中世からルネッサンスの頃まで貿易で栄えた黄金の都市だからかもしれない。茶色い簾の手前に黄金色の花が元気よく咲いて画面の左半分を占領している。その右隣に白とピンクのバラが配置されている。この2つのブーケで大きな三角形の構図を作っている。右半分のバラの向こうにベニスのセントジョルジュ教会と丸いドーム屋根のサンマルコ寺院が望見できる。貿易で栄えた全盛期のベニスを思いをはせながら、窓辺に身を置いていると16世紀の<dangerous beauty>を乗せたゴンドラが寄せてくるかもしれない。 ギャルリー亜出果 武田康弘

 

15:<リビエラ>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 80x91㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 リビエラ

 フランスではサントロペからモンテカルロぐらいまでの地中海沿岸のリゾート地をコートダジュール(蒼い海岸)と呼ぶ。イタリアではリヴィエラと名前を変える。リヴィエラと言う単語は、イタリア語では単に海岸の意味であると同時に音楽祭で有名なサンレモあたりからフランスのコートダジュール辺りを示す固有名詞でもある。手前中央にコンポートに盛った花と果物を並べ、その向こうに穏やかに凪いだ地中海が広がっている。開放感のある海辺のリゾートだ。棕櫚の葉が僅かな風に弄ばれ揺れている。描かれてはいないが、この風景を楽しんでいるヴィラの住人の視線を感じる。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

16:<ベニスのラグーン>

 1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 65x81㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ベニスのラグーン

ボタンとデルフィニュームのブーケが大きく描かれ、キャンバスの半分を占領している。僅かに深みのあるブルーの海とその向こうにヴェニスの尖塔やドーム屋根が見えている。ブルーとピンクの空がキャンヴァスいっぱいに描かれて海と空が溶け合っている。花の色と背景の色が同系色で色彩の色同士が響きあっている。ヨーロッパの人たちはベニスの余りの美しさに<ベニスを見てから死ね>と言い、20世紀初頭に活躍したドイツの文人トーマス・マンは19世紀~20世紀初頭のオーストリアの作曲家グスタフ・マーラーとベニスを主題にした<ベニスに死す>という華麗な作品を残している。そのベニスの遠景と空と海を背景に花々がキャンバスからはみ出し、飛び出すように立体的に浮き出している。暖色と寒色の見事な組み合わせがこのブーケに立体感を与えている。そういえば、ミッシェル・アンリの最も好きな作曲家はグスタブ・マーラーだ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

17:<モンテカルロ>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 65x81㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 モンテカルロ

 海の近くまでせり出している山とその前に建つモンテカルロの海岸沿いの街並みを背景にデルフィニュームが描かれている。ブルーとグリーンの涼やかな作品になっている。キャンバス中央辺り、ブーケのすぐ右にモンテカルロのカジノの建物が描かれている。モンテカルロはモナコ公国の街であり、モナコの経済を支える観光産業の中心地だ。中でもカジノは重要な観光と収入の資源だ。そのカジノの建物は上部に時計のあるドーム状の屋根、両側に屋根がやはりドーム状の二つつ尖塔が特徴的だ。その二つの尖塔とその間にブルーのドーム屋根が描かれていて、モンテカルロと解る。モンテカルロ、カンヌ、サントロペなどの美しいコートダジュールの都市はいずれも大きなカーブを描く入江の傍に形成されていて遠景では見分けが難しい。カンヌは市庁舎のグレイの尖塔の時計台、サントロペは黄色の尖塔の時計台、ここモンテカルトはドーム屋根とその両サイドの一対の尖塔のカジノが目印だ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

18:<アジサイのベール>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 65x81㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 アジサイのベール

非常に成功した作品だ。ピンクと黒と白のみで少しベールに隠れたアジサイを描いている。ほぼピンク色でキャンヴァスを覆いつくし、真正面からブーケを大きく描いて、こんな美しい絵画を描けるミッシェル・アンリには天才という言葉を使ってもよいかもしれない。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

19:<赤いインスピレーション>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 65x81㎝

 ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 赤いインスピレーション

 光を意識した静物画だ。黄色っぽい光が後方から入って来て、右のアジサイとコクリコのブーケ、左のひまわりとその間のフルーツのコンポートを浮き上がらせている。光源に近い所はヴァーミリオンの明るい赤で描かれ、陰の部分は暗いボルドー色になっている。光と陰の対比で劇的な効果を出している。この種の絵画に出会うには16~17世紀のバロック時代まで遡る事になる。オランダのレンブラント、フェルメール、イタリアのカラバッジョ、フランスのジョルジュ・ドゥ・ラトゥールが思い起こされる。バロックの巨匠は、この明暗の対比で、人物や歴史をドラマチックに描いたが、ミッシェル・アンリは、華やかなポピー、アジサイを枯れたひまわりと対比させながら、人間の一生を描いていると感じる。主役と思われる赤いブーケは青春を表し、秋の山盛りのフルーツコンポートは豊穣な収穫した中年期を、左の枯れたひまわりは間をもなく訪れる死を予感させる。学生時代から脚光を浴び、華やかに画家としてのスタートを切り、欧米を始め世界中で成功を収めたて充実した中年期を送ったミッシェル・アンリも来るべき冬の季節を予感したのだろう。それは全ての人間の定めであるが、光が強烈である程に影も濃い。それにしても、魂に深く、強い印象を残す作品だ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

20:<ベニスの窓辺>

2001年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入り 250部限定

イメージサイズ 35x43㎝ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ベニスの窓辺

一般的な色彩論では、赤と青を隣同士に置くと色同士が対立するので、美しくないと言われている。この絵画は青と赤で描かれている。青に白を混ぜたり、透明に近いブルーにして、対立を緩和している。濃い青は赤いコクリコのブーケから少し離れたキャンヴァスの左右上と右下にのみ使われていて赤い花びらの周りは白っぽいブルーになっている。ブーケの赤い色が鮮やかに浮上がっている。ベニスはブルーに描かれたように思えるが実は大部分が白く塗られてくっきりとその尖塔やドーム屋根がその美しい姿を表している。不協和音を調和させる為の工夫が様々な所に見られる。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

21:<ポン・ヌッフとノートルダム>

2001年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入り 250部限定

イメージサイズ 35x43㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 ポン・ヌッフとノートルダム

 オレンジ色のコクリコと白いマーガレットのブーケが前景左に置かれ右下にはオレンジが2個描かれている。右下にオレンジを置く構図を安定させている。オレンジ色と青は補色(つまり正反対の色)関係にあり、お互いを鮮やかに見せる効果がある。遠景には落ち着いた黒、濃い茶色でパリの街を描き、ブーケと川のブルーを引きたたせている。構図も色彩もいわば、絵画理論どうりに描いていて非常に安定した作品になっている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

22:<美しいコクリコ>

2001年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入り 250部限定

イメージサイズ 43x35㎝

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスクリーン版画 美しいコクリコ

赤いコクリコだけを描いている。このように、単一系の色彩でブーケの立体感も一枚一枚の花びらまで明確に表現し美しい絵画に仕上げるのは、至難の技であろう。それを成し遂げるミッシェル・アンリの力量に驚くばかりである。その秘密をすこし究明してみよう。ミッシェル・アンリは背景に左右上下から斜めのチェック模様を使う事がある。この絵の場合は赤系統の色で斜めにクロスする線を描いて、その上を白でなぞっている。背景に赤い印象を残す事でブーケの赤を調和しながら、全体に背景を白っぽく描く事で前景のブーケを浮かび上がらせている。花ビラは明るいオレンジ色で描いた後で、その上にくすんだ赤を薄く又は濃くなぞっている。花の輪郭にはもっと濃い茶色に近い赤を塗り、花弁一枚一枚を区切っている。同系色の赤をそのように使い分けて描いているが、誰がやっても成功する訳ではない、微妙なバランスによって、成功しているので、やはりミッシェル・アンリの才能といか言いようがない。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

23:<カリフォルニアのポピー>

2001年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入り 250部限定

イメージサイズ 43x35㎝

ミッシェルアンリ カリフォルニアのポピー オリジナルシルクスクリーン版画

<美しいコクリコ>と対で描かれた作品だ。赤い色彩を調和させた<美しいコクリコ>に対して黄色い色彩だけで描かれたのがこの<カリフォルニアのポピーだ>背景も含めて黄色い系統の色彩で纏めている。色彩の繊細な違いと関係性をミッシェル・アンリは把握しているのだろう。花弁一枚一枚が生きているようだ。黄色い色彩は赤にはない生命力とパワーを感じさせる。カリフォルニアに行くと、黄色い品種のポピーをあちこちで見かける。<美しいココクリコ>がフランスバージョンとすれば、このカリフォルニアのポピーはアメリカバージョンと言える。コクリコはフランス語でポピーは英語だが同じ意味だ。ミッシェル・アンリは1970年代から90年代まで、パリの高級画廊街にも店舗のあったアメリカのフィンドレー画廊と契約していて、アメリカでの個展に20年間毎年アメリカに行っていた。アメリカでの彼の愛称は<king of popee>ポピーの王様だ。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

24:<パリのアート橋>

2000年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サインと限定部数入り

250部限定 イメージサイズ 49x670㎝

ミッシェル・アンリの オリジナルシルクスクリーン版画 パリのアート橋

色鮮やかなブーケが中央にあり、セーヌの川面が背景になっている。その向こうにルーブル美術館とボザール(国立パリ高等美術学校)を結ぶアート橋があり、その向こうにパリの街が描かれている。赤、ローズ、オレンジ色のブーケがブルーを背景に鮮やかに描かれている。このブーケの美しさは卓越していて背景のセーヌ川とパリの風景は模様にように描かれている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

25:<デルフィニューム>

1986年作品 オリジナルセリグラフ

作家自筆サイン入りEA

イメージサイズ 80x91㎝

ミッシェルアンリ デルフィニューム オリジナルシルクスクリーン版画

画面中央にデルフィニュームのブーケが海岸に面した窓辺に置かれている。画面に収まらない程に元気よく天に伸びている。デルフィニュームはブルー、紫、藤色、ピンク、白と様々な種類の花がある。その多種の色のデルフィニュームが集合している。窓の向こうには地中海の入り江が見えている。その更に向こうには半島と丘陵が横たわっていて、その上に薄日を湛えた黄色い雲と薄い色の空が広がっている。地中海に行くとどこにでもありそうな風景だ。岸辺にはヨットが沢山浮かんでいるから、リゾート地らしい。のんびりと散歩する人達も描かれている。対岸には、オレンジ色の屋根のヴィラが密集しているのが見える。海辺の別荘のようだ。デルフィニュームが咲く5月~6月はまだ本格的なバカンスシーズンには少し早い。真夏の弾けるような、青い空とは違い柔らかい日の降り注ぐリゾート地のシーズン前の静かな海辺が堪能できそうだ。

画面構成も見事な絵だ、再前面に窓、次にデルフィニュームのブーケ、中景に海辺と海と半島が描かれ、遠景に丘陵と空が置かれている。それらの横線、横面とクロスする縦線として窓枠、デルフィニュームのブーケ、ヨットの帆柱が屹立している。ギャルリー亜出果武田康弘

 

 

 2)オリジナルリトグラフ版画

1:<夕暮れのブーケ> 

2001年作品 オリジナルリトグラフ

作家自筆サイン入り 250部限定

イメージサイズ 45x65㎝ 

ミッシェル・アンリ オリジナルシルクスリトグラフ版画 夕暮れのブーケ

  なんという絵画だろうか。このように光を表現する画家を見た事がない。夕陽が空と海をオレンジ色に染めている。ブーケが置かれている台もその上に置かれたオレンジも夕陽の色に赤く染まっている。デルフィニュームやコクリコ、バラも全て夕陽の色に染まっている。ギャルリー亜出果 武田康弘

 

 

3)油彩画

1:<透明な赤> 

油彩100x100cm 2014年作 

 ミッシェル・アンリ 透明な赤 油彩100x100cm 2014年作品

 赤い背景がキャンパスの全体を覆いつくしている。その赤の上に美しいマチエールで赤い花が描かれている。くっきり浮かび上がった不規則な花々のマチエールが響き合い美しいハーモニーを奏でている。画布中央の最上部の花を頂点に左右のグラスの縁を結んで、左右の画布の下の隅に至る線が美しく大きな三角形を形作っている。背景の後ろから光で照らされているように、背景の赤は光を発している。構図、色彩、光、マチール、と完璧な絵画性を備えた作品。赤い画布に吸い込まれそうな眩暈を覚える。ギャルリー亜出果武田康弘

 

2:<エッフェル塔とミラボー橋>

油彩40号F 2007年作

 ミッシェル・アンリ エッフェル塔とミラボー橋 油彩 40号F

 2007年に横浜で日仏作家展が開催されフランスからUnivers des arts 社のPatrice de la Parriere 社長が来日した。その際に出展された記念作品。手前のコクリコとさくらんぼうが三角の堅牢な構図を作り、セーヌ川が遠方に幅を狭めながら集束遠近法で描かれている。水直なコクリコとさくらんぼうの構図、水平なセーヌ川の構図で3次元空間を感じさせる。背景の淡いブルーと立体的に浮かびあがるコクリコが赤い色が美しく対峙している。ブルーと薄いローズ色の空と水が穏やかな喜びを与えてくれる。季節は初夏であろうか、そろそろ一日の終わりに向かう頃、パリの人々が永い夏の夕暮れに安らぐ頃であろう。ギャルリー亜出果武田康弘

 

3:<サントロペの入り江> 

油彩30号F  2007年制作

ミッシェル・アンリ サントロペの入り江 油彩30号F

 南仏コート・ダジュールの高級リゾート地で、往年のフランス女優ブリジッド・バルドーが住んでいたことでも知られるサントロペの港のそばの小高い丘に聳える時計台を更に上から見下ろしている。手前右にはミモザがクリスタル花瓶に活けてある。安定した構図を作る為左下に、ミモザと同じ色の黄色いレモンが置かれている。冬の鈍い色の空に夕暮れの雲が薄いピンクに染まっているが、真夏の弾けるような空と海とは程遠い。コートダジュールの冬に色彩を与えるのは彼方此方に咲き乱れるミモザの黄色い花だ。そのミモザとレモンの黄色が鮮やかな印象を与えている。

 サントロぺから西に数十キロ行くと、映画祭で有名なカンヌがありカンヌも港のそばの小高い丘に時計台がある。この絵画を見た瞬間、サントロペかカンヌと自問するが、カンヌの時計台はグレー一色で寂し気だか、サントロペの時計台はブラウンとイエローのツートンカラーで華やかだ。賑やかな夏のサントロペも良いが、ミモザに囲まれた季節外れのサントロペは静謐さとやすらぎに満ちている。ギャルリー亜出果武田康弘

 

4:<3本のバラ>

油彩12号F 2006年制作

ミッシェル・アンリ 3本のバラ 油彩12号F 

 ミッシェル・アンリの色彩には宝石の輝きがある。クリスチャン・デイオール社もそれを知っていた。1990年頃にクリスチャン・ディオール社は、クリエイティブディレクターをしていたジャン・フランコ・フェレに命じてミンクの毛皮に宝石の色彩施そうとした。フェレがその研究のパートナーに選んだのがミッシェル・アンリだ。二人は3ケ月間研究室にこもり、ルビーの赤、サワイヤの青、エメラルドの緑、トパーズの琥珀色でミンクの毛皮を染める実験をした。試作品のミンクのコートの制作には成功したが、制作コストが莫大で、クリスチャン。ディオール社は発売を断念した。試作品はアラブの金持ちが買ったらしい。この3本のバラの背景は、濃いトパーズの色彩だ。その背景の格子模様の隙間からブルーや透明な光が漏れてくる。トパーズは薄い琥珀色の物から、濃い茶色で光を反射した部分が琥珀色に光る石もある。トパーズ色の背景から漏れる光、その光を反射したり、茶色に染まった光を濾過して通すクリスタル花瓶の光の戯れの中で3輪のバラが楽しそうに微笑んでいるようだ。ギャルリー亜出果武田康弘

 

5:<パームスプリングのバラ>

油彩40号F 2011年

ミッシェル・アンリ <パームスプリングのバラ> 油彩40号F

 パームスプリングはロス・アンジェルスから東に150キロ程いった所にある観光都市だ。ミッシェル・アンリはアメリカのフィンドレー画廊の時代に20年間毎年アメリカのフィンドレー画廊での展示会に行っていた。フィンドレー画廊はニューヨークに本店があるが、パリ、ロンドン、ロングピーチにも支店があった時代もある。1990年代後半にはミッシェル・アンリはカンヌが本店でパリにも支店があるアレクサンダー・レオヅーズ画廊と契約していて、アレクサンダー・レオドウーズ画廊は20世紀の終わりにロサンジェルスに出展したので、ミッシェル・アンリを招待してミッシェル・アンリ展を開催した。その年ミッシェル・アンリは東京の百貨店での展示会を終えるとそのままロサンジェルスに行った。パームスプリングは盆地で、小高い山や夏でも雪を頂いているかなり高い山もあるらしい。ミッシェル・アンリも仕事の合間の観光で訪れたに違いない。アメリカの大きな自然に中に親子のバラが楽しそうに屹立している。ギャルリー亜出果武田康弘

 

6:<赤いシンフォニー>

油彩50号 2007年

 

ミッシェルアンリ 赤いシンフォニー 油彩50号

 

ルネッサンス以降エコール・ド・パリまでの絵画を見続けてきたが、赤に赤を重ねてこのように美しく輝く絵を描く画家を見たことがない。

ミッシェル・アンリは、ボザール(国立パリ高等美術学校)で2人の教授についた。予科はナルボンヌ、本科はシャプラン・ミディだ。ナルボンヌはデッサンの教授で、シャプラン・ミディは色彩の大家だった。ナルボンヌのクラスでは、ビュッフェも同じクラスにいたが、彼は色彩を学ぶ事なく中退し、生涯シンプル化したデッサンで描き続けた。

シャプラン・ミディは、ミッシェル・アンリが赤を明るい色彩とし絵画を成功させていのを見て、ミッシェル・アンリは私を越えたと言った。従来の色彩論では赤は暗い色彩に分類されるが、ミッシェル・アンリは赤を基調に明るく輝く絵画を描いたのだ。赤に赤を塗り重ね、美しい色彩のハーモニーを奏でさせ、美しい形状も描きだす。ルネッサンス以降の誰も成し遂げなかった偉業を彼は成功させた。ミッシェル・アンリは30種類もの国籍の違う赤系統の絵具を使用する。赤はミッシェル・アンリにとって運命的な色彩であり。彼の天性の才能を輝かせる色だ。ギャルリー亜出果武田康弘

 

7:<コンポオートとオレンジ>

 油彩10号OV 2014年作品

 

ミッシェルアンリ コンポートとオレンジ 油彩10号OV

ミッシェル・アンリは2014年にOval(楕円形)のキャンヴァスに対で2点描いている。パリジェンヌのようなおしゃれで繊細な作品<パリのコクリコ>との<コンポートのオレンジ>だ。この<コンポートのオレンジ>は<パリのコクリコ>と対照的にソヴァージュ(野性的な)魅力がある。パリのエレガンスに対して、地方の豊穣と屹立させている。ミモザの小枝にも、オレンジにも粗いタッチを残している。陰影を付けないで、色彩同士の関係のみでオレンジにもミモザにも立体感を持たせている。これはセザンヌの手法だ。セザンヌは色彩同時の関係(専門用語では色価=ヴァルール)を見極めるつつ描いたので、一筆いれるのに数日かかる事があったという。文学ではフロベールが似た傾向があった。1行の文章を構成するのに何日も反芻を繰り返した。ミッシェル・アンリも時間を掛けて緻密に計算品がら、この原野の息吹を感じさせるソバージュな魅力に満ちた作品を描いたに違いない。ギャルリー亜出果武田康弘

 

8:<パリのコクリコ>

油彩10号OV 2014年

ミッシェルアンリ パリのコクリコ 油彩10号OV

 

 

9:<リビエラの春>

 油彩30号F 2013年

ミッシェル・アンリ リビエラの春 油彩30号

 リビエラはイタリア語の一般名詞としては海岸だが、南フランスとイタリア北部の海岸沿いのリゾート地域を指す地名にもなっている。コード・ダジュールだ華やかなのは、サントロペ、カンヌ、ニース、モナコ公国からイタリアのサンレモ、ジェノバなどだが、フランス側では、サントロぺより西のツーロン、イタリア側ではラ・スペツィアぐらいまでリビエラだ。フランス語では、リビエラのフランス地域のみをコート・ダジュールだ。暖かいリビエラでは2月~3月にはミモザがあちこちに咲き乱れている。ギャンバスの右上角から左下にミモザの花の斜めの線が伸び、右下部分、キャンバスの半分近くがミモザで覆われている。画家は小高い丘の上のヴィラの窓辺から見ている。窓辺にブドウの房が描かれている。ミモザの丸い花とブドウの丸い粒を対比させている。ミモザは窓のすぐ外に咲いていて、ヴィラの下方に街並みと左に岬、正面に地中海が描かれているが、焦点が至近ミモザに絞られているので、下方の街並みも遠景の岬も明確な形状を持たない。この作品では、ミモザと色彩の響き合いを楽しみたい。岬に至る海岸線もミモザの色と思われる黄色と同系色の薄い緑、岬の山の中腹も同じ色彩でミモザの黄色と響きあい心地良い。正面の海の色も貴重はブルーグリーだが、あちこちに黄色と黄色づいた緑が配色されている海と交わる空には黄、オレンジ、ピンク色の雲が描かれている。それも海もミモザの黄色とハーモニーを奏でる為の色彩だ。窓の外のミモザに終点を当てソフトフォーカスで撮影した写真のイメージだが。春の初めのリビエラの柔らかい光を受けて、黄色をメインにグリーン、ブルーとすべての色彩が春の初めの地中化の柔らかい光に煌めいている。ギャルリー亜出果武田康弘

 

10:<ブルゴーニュのコクリコ>

  油彩15号P 2011年

ミッシェル・アンリ ブルゴーニュのコクリコ  油彩15号p

 

画布の中央に大きくコクリコが描かれている。背景には水と空だけが描かれている。タイトルがブルゴーニュのコクリコとあるので、水面はローヌ川の支流のソーヌ川に違いない。ソーヌ川はアルザスとブルゴーニュ地方から流れだす大きな川で、ジュネーブのレマン湖を源流としてアルプスのからの流れも吸収しながらフランスのリヨン、アビニョン、アルルを通って地中海にそそぐローヌ川にリヨンで合流する。キャンヴァスの中央のコクリコは鮮やかの赤で描かれていて、背景の空と水面はブルーとピンクで空が描かれている。空のブルーとピンク色を水面が映して同じ色彩が揺れているのだ。中央部分にコクリコの赤が鮮やかに描かれていて、空と水面の色彩は比較的はっきり描かれている。左右の部分には窓の枠と透明なガラスがあり、それに遮られてコクリコの花弁も空と海の色も、色彩の輝lきが消されてミステリアスな雰囲気になっている。その光と色彩の変化と揺らぎを楽しみたい。ミッシェル・アンリは窓の外の空間に、空と水面の揺らめきを見ながら、形にならぬ未来を思い描いた少年の頃を思い出しながら故郷の窓辺に置かれたコクリコを描いたのかもしれない。ギャルリー亜出果武田康弘

 

11:<アンバリッド橋>

  油彩50号 2013年

 ミッシェル・アンリ アンバリッド橋 油彩50号F

この絵画のブーケを見て、ルノワールを思い出した。ルノワールは人物画が有名だが豊富な色彩で花も描いている。ミッシェル・アンリは1種類の花を描き、そのブーケを風景に対峙させてその花の美しさを謳いあげる場合が殆どだが、この絵のブーケには野バラ、コクリコ(ポピー)と霞草複数の花弁が暖色系の様々な色彩で、透明なコンポートの上にそしてコンポート中にまで描かれ、その色同士が響き合っている。透明なコンポートの周りには花弁の色と呼応する、暖色系のフルースが描かれていてコンポートの中の花弁の色彩と一体になっている。ブーケの向こうにセーヌ川の水面が描かれている水面は手前は暗く、遠くに行くほど空の色を映して明るいブルーになっていく。その向こうに橋がある。この橋はどう見てもこの橋はタイトルのアンヴァリッド橋ではな、アンバリッド橋の隣のアレクサンダー3世橋だ。アレクサンダー3世橋は、両岸に橋脚があるだけで川の中には支えの橋がなく、橋の下がアーチ状になって両岸の橋脚だけで、橋を支えているのと、両岸の欄干の橋の背の高い2対の柱の上に金色の彫刻がほどこされてるのが特徴だ。タイトルの<アンヴァリッド橋>の由来はアンバリッド橋の上から見た風景と考えられる。ブーケのもアンヴァリッド橋の欄干の上に置かれた想定だろう。太陽が昇り始め地上に姿を現す前後の闇から光に満ちた世界に移る僅かな間の薄明かりの中に浮かび上がったセーヌ川とアレクサンダー3世橋薄明かりの中でも鮮やかな花弁の色彩が浮かび上がる。夜が明けきる直前の数分間の光りのドラマがここにある。ギャルリー亜出果武田康弘

 

12:<パリのパノラマ>

  油彩40x80cm 2007年

ミッシェル・アンリ パリのパノラマ 油彩40x80cm

パリの名所のモンマルトルのサクレクール寺院、エッフェル塔が描かれ、エッフェル塔の傍にアンバリッドと思われるドーム屋根が描かれている。前景に画面の大分部に木の枝葉がかなり大きく繊細に描かれている。この風景を見つめる視線のすぐ前にあり、遠近を強調する目的を担っていると同時に、大部分を覆う空の単調さを救っている。パリの地図を北を上に、南を下にして見ると、モンマルトルのサクレクール寺院は中央北のモンマルトルの丘の上に聳えているし、エッフェル塔はセーヌ川の下(左岸)の中央よりやや左に位置する。つまり、エッフェル塔とサクレクール寺院は位置が反対になっている。パリの街は極度に簡略化されて縦横の線のみで描かれているのに、サクレクール寺院とエッフェル塔は簡略化されていても、その輪郭が明確に辿られてその形を保っている。この2点からこのパリの風景を元に描かれた絵は、実際の風景に根拠を置く絵ではなく、2つのパリの代表的な建築物でパリを象徴させたパリのパノラマになっているようだ。ギャルリー亜出果武田康弘

 

13:<バンブーのあるコクリコ>

   油彩50x100cm 2010年

ミッシェル・アンリ バンブーのあるコクリコ 50x100cm

ミッシェルアンリは背景の風景と前景のブーケの間に竹の簾を描いたり、ブーケの手前にベールを描く事がある。背景とブーケの間に簾を描く事で、背景が円形の透明感のある明るい屋外の色彩とバンブーの濃い茶色の色彩のが交錯する事で、ブーケに立体感と鮮やかの印象を与える事に成功している。この絵画の場合は、同時にブーケの上の部分に透明な簾を描き、その部分の色彩をぼかし、ブーケにミステリアスな印象を与えている。ブーケの天辺を頂点にした見事な二等辺三角形を描き、左右対称なシンメトリーな端正な構図になっている。この正三角形の構図の為にブーケの透明な花瓶の左右にスモモとさくらんぼうをブーケと同じヴァーミリオンの赤で描いている。背景の原野と空は霞んだ印象を与える淡いブルーとイエローグりーンで描かれている。ブーケと果実で構成される鮮やかの前景とベールに隠れたブーケ上部とその更に向こうに広がる、茫然とした原野と空の対比で見事に立体感と遠近を空気の存在を表現している。ギャルリー亜出果武田康弘

 

 14:<ベニスのコクリコ>

  油彩40号F 2010年

ミッシェル・アンリ ベニスのコクリコ 油彩40号F

ベニスを背景に大きなコクリコのブーケが描かれその左にバラの花弁が透明なコンポートに山盛りに活けてある。左下のバラのコンポートは三角形の構図で描かれ、メインのコクリコのブーケは逆三角形の形で描かれている、その2つのオブジェが一体となって1つの大きな三角形の構図を作っている。コクリコのブーケの上部に竹の簾が描かれてコクリコが見え隠れしている。遠景にはベニスの有名なセントジョルジュ教会の尖塔とサンマルコ寺院のドーム屋根が描かれ、ブーケの置かれた窓辺とベニスの間には、ベニスの海がブルー、ピンク、黄色、グリーンの水面の光として描かれている。竹の簾を描く事で、キャンバスを下部(ベニスの風景、海、黒い窓辺)と中央部分<空とコクリコの鮮やかのブーケ>と上部(竹の簾)に分割すると同時に、前景のコクリコとバラより更に手前に簾を描いて、遠近法を更に感性させている。、ギャルリー亜出果武田康弘

 

15:<香りの良い牡丹>

2013年 油彩60号F

ミッシェル・アンリ 香りの良い牡丹 油彩60号F

  ミッシェル・アンリは、クリスチャン・ディオールの部長だったキャロルと付き合っていた。彼女に頼まれて、ミンクの毛皮に宝石の色彩を施す実験の為、クリスチャン・ディオールの研究室に通った事がある。研究室には香水のチームがいて、香水にも詳しくなった。描かれているのは、牡丹とコクリコだ。牡丹はバラ、ラベンターと並んで香料の原料として大人気だ。

 絵を見てみよう。60号の画布いっぱいにブーケが描かれている。クリスタルの花瓶から牡丹の細長い葉が溢れだし、その上にコクリコの花弁と茎が描かれ、されに上に牡丹がピンクと白で描かれている。白とピンクの牡丹は香りが強い事で知られている。牡丹の花は空間と溶け合っている。牡丹の花を描きながら、空中に発散する花の香をイメージしているのだ。香りはやがて空気の中に儚く消滅する。背景の赤の隙間から黄色い光が漏れていて、透明感のある白とピンクに光を与えている。赤からピンクに至る同系色に白と葉の濃い色だけで、ブーケに立体感を与え、光と香りまで感じさせている。20世紀が生んだ驚くべき天才的な画家に脱帽だ。

 

16:<夜のシンフォニー> 2013年

  油彩衝立 180cmx200cm

 ミッシェル・アンリ 夜のブーケ 油彩衝立180x200cm

山吹色のポピーが一面に描かれている。背景は黒。5枚のパネルがつながって衝立になっている。厳格な構図も無く、上の部分は山吹色のポピーが黒い闇の中に散らばっている。もちろん無秩序に散らばっている訳ではなく、扇状に放射するように、広がっているから全体で1つブーケとしての統一感があり、美しいハーモニーを奏でている。下の部分はその茎と思われる緑の線が幾重にも交差している。壮麗な花の輪舞を見ているようだ。花弁の一枚一枚が別の花弁と対峙調和して花弁どうしが互いを意識してバランスを取りながら、舞っているように見える。茎の部分も他の茎、線との絶妙なバランスで描かれている。闇の中に浮かぶ閃光のようだ。繊細で大胆な花と線の舞は和の空間とも調和する艶やかな静けさがある。動と静、色彩と闇、雅と寂が見事に調和している。