ミッシェル・アンリ
1996年11月 ギャルリー亜出果にて「ミッシェル・アンリ展」開催
ギャルリー亜出果では、フランスの画家ミッシェル・アンリ(1928-2016)の貴重な資料写真をご紹介する連載を行っております。今回は1996年11月、当ギャラリーで開催された展覧会の様子です。展覧会概要1996年11月、ギャルリー亜出果にてミッシェル・アンリ展を開催いたしました。作家ご本人も会場にお越しくださり、作品をお買い上げくださったお客様お一人おひとりに、直接メッセージを書き添えてくださいました。ご来場者の皆様会場には、様々な背景をお持ちの方々がお越しくださいました。ご自身も日本人画家でいらっしゃり、長年ミッシェル・アンリのファンであった方が作品をお買い上げくださいました。 ある企業経営者の方がお買い上げくださった際には、ミッシェル・アンリご本人が作品にメッセージを書き入れ、その間ギャルリー亜出果のスタッフがお客様に付き添いました。ドクター篠田とそのご家族もお越しくださり、サイン入りの作品を囲んで記念撮影を行いました。この場には、ミッシェル・アンリの来日に同行されたMadame Nicole Cibert の姿もありました。 作家本人によるおもてなしこのように作家ご本人から直接メッセージを頂き、時に記念撮影を共にできることは、単なる作品購入を超えた、かけがえのない思い出となります。当ギャラリーが取り扱うミッシェル・アンリ作品についてギャルリー亜出果では、ミッシェル・アンリご本人と長年にわたり築いてきた信頼関係のもと、版元より直接仕入れた確かなコレクションをお取り扱いしております。ご興味をお持ちの方は、ぜひ作品一覧もご覧ください。Michel Henry(1928-2016)フランスの画家。パリのエコール・ナショナル・シュペリウール・デ・ボザールに学ぶ。
1996年11月 ギャルリー亜出果にて「ミッシェル・アンリ展」開催
ギャルリー亜出果では、フランスの画家ミッシェル・アンリ(1928-2016)の貴重な資料写真をご紹介する連載を行っております。今回は1996年11月、当ギャラリーで開催された展覧会の様子です。展覧会概要1996年11月、ギャルリー亜出果にてミッシェル・アンリ展を開催いたしました。作家ご本人も会場にお越しくださり、作品をお買い上げくださったお客様お一人おひとりに、直接メッセージを書き添えてくださいました。ご来場者の皆様会場には、様々な背景をお持ちの方々がお越しくださいました。ご自身も日本人画家でいらっしゃり、長年ミッシェル・アンリのファンであった方が作品をお買い上げくださいました。 ある企業経営者の方がお買い上げくださった際には、ミッシェル・アンリご本人が作品にメッセージを書き入れ、その間ギャルリー亜出果のスタッフがお客様に付き添いました。ドクター篠田とそのご家族もお越しくださり、サイン入りの作品を囲んで記念撮影を行いました。この場には、ミッシェル・アンリの来日に同行されたMadame Nicole Cibert の姿もありました。 作家本人によるおもてなしこのように作家ご本人から直接メッセージを頂き、時に記念撮影を共にできることは、単なる作品購入を超えた、かけがえのない思い出となります。当ギャラリーが取り扱うミッシェル・アンリ作品についてギャルリー亜出果では、ミッシェル・アンリご本人と長年にわたり築いてきた信頼関係のもと、版元より直接仕入れた確かなコレクションをお取り扱いしております。ご興味をお持ちの方は、ぜひ作品一覧もご覧ください。Michel Henry(1928-2016)フランスの画家。パリのエコール・ナショナル・シュペリウール・デ・ボザールに学ぶ。
2003年 大阪ギャラリー木村にて「ミッシェル・アンリ来日展」開催
ギャルリー亜出果では、フランスの画家ミッシェル・アンリ(1928-2016)の貴重な資料写真をご紹介する連載を行っております。今回は2003年、大阪のギャラリー木村で開催された来日展の様子です。 展示会に来場の、左からミッシェル・アンリ、ギャルリー亜出果武田康弘、フィリップ・シャテニュー在関西フランス総領事展覧会概要2003年、大阪のギャラリー木村にて、ミッシェル・アンリ来日展が開催されました。オープニングレセプションには元大阪市長ご夫妻が来場され、市長よりマイクを通してご挨拶を頂戴いたしました。記念撮影会場では、在関西フランス総領事フィリップ・シャテニュー氏、ギャルリー亜出果代表 武田、そして画家ミッシェル・アンリ本人による記念撮影も行われました。フランス外交の要職にある方、日本の画廊関係者、そして作家本人が一堂に会したこの一枚は、ミッシェル・アンリの芸術が日仏両国の文化交流の架け橋となっていたことを示す貴重な記録です。当ギャラリーが取り扱うミッシェル・アンリ作品についてギャルリー亜出果では、このように大阪をはじめ日本各地で高い評価を得てきたミッシェル・アンリの作品を、版元より直接仕入れた確かなコレクションとしてお取り扱いしております。ご興味をお持ちの方は、ぜひ作品一覧もご覧ください。Michel Henry(1928-2016)フランスの画家。パリのエコール・ナショナル・シュペリウール・デ・ボザールに学ぶ。 挨拶する、大島大阪市長夫妻
2003年 大阪ギャラリー木村にて「ミッシェル・アンリ来日展」開催
ギャルリー亜出果では、フランスの画家ミッシェル・アンリ(1928-2016)の貴重な資料写真をご紹介する連載を行っております。今回は2003年、大阪のギャラリー木村で開催された来日展の様子です。 展示会に来場の、左からミッシェル・アンリ、ギャルリー亜出果武田康弘、フィリップ・シャテニュー在関西フランス総領事展覧会概要2003年、大阪のギャラリー木村にて、ミッシェル・アンリ来日展が開催されました。オープニングレセプションには元大阪市長ご夫妻が来場され、市長よりマイクを通してご挨拶を頂戴いたしました。記念撮影会場では、在関西フランス総領事フィリップ・シャテニュー氏、ギャルリー亜出果代表 武田、そして画家ミッシェル・アンリ本人による記念撮影も行われました。フランス外交の要職にある方、日本の画廊関係者、そして作家本人が一堂に会したこの一枚は、ミッシェル・アンリの芸術が日仏両国の文化交流の架け橋となっていたことを示す貴重な記録です。当ギャラリーが取り扱うミッシェル・アンリ作品についてギャルリー亜出果では、このように大阪をはじめ日本各地で高い評価を得てきたミッシェル・アンリの作品を、版元より直接仕入れた確かなコレクションとしてお取り扱いしております。ご興味をお持ちの方は、ぜひ作品一覧もご覧ください。Michel Henry(1928-2016)フランスの画家。パリのエコール・ナショナル・シュペリウール・デ・ボザールに学ぶ。 挨拶する、大島大阪市長夫妻
ミッシェル・アンリ来日 ― 大阪・ホテル阪急インターナショナルでの記念写真
ミッシェル・アンリ来日 ― 大阪・ホテル阪急インターナショナルでの記念写真 2002年、フランスを代表する画家の一人、ミッシェル・アンリの来日展が神戸大丸百貨店で開催されました。 この写真は、その来日に関連して大阪のホテル阪急インターナショナルで撮影された一枚です。 ホテルのロビーにはミッシェル・アンリの作品が数多く展示され、華やかな花の絵がホテルの空間を彩っていました。 写真には、ミッシェル・アンリを中心に、フランスと日本の美術交流に関わった方々が写っています。 左から、 仁野 覚氏パリ École Supérieure de Mond 学長 小笠吾英二氏ミッシェル・アンリ友の会 神戸支部長 ミッシェル・アンリ フィリップ・シャテニュー氏在大阪フランス総領事 です。 ミッシェル・アンリにとって、日本は長い間、特別な意味を持つ国でした。 彼の描く花は、単なる静物画ではありません。鮮やかな色彩、光、そして花そのものが持つ生命感を通して、見る人に明るさや幸福感を与えるものでした。 フランスで生まれたミッシェル・アンリの作品が、日本の多くの人々に愛され、百貨店での展覧会だけでなく、ホテルや画廊などさまざまな場所で紹介されていったことは、彼と日本との深い結びつきを物語っています。 この写真は、そうした時代を記録する貴重な一枚です。 現在、ギャルリー亜出果では、長年にわたって収集してきたミッシェル・アンリの作品をご紹介しています。 フランスの花の画家ミッシェル・アンリと日本。 この写真を見ると、彼の作品が日本で多くの人々に迎えられていた時代の空気が伝わってきます。
ミッシェル・アンリ来日 ― 大阪・ホテル阪急インターナショナルでの記念写真
ミッシェル・アンリ来日 ― 大阪・ホテル阪急インターナショナルでの記念写真 2002年、フランスを代表する画家の一人、ミッシェル・アンリの来日展が神戸大丸百貨店で開催されました。 この写真は、その来日に関連して大阪のホテル阪急インターナショナルで撮影された一枚です。 ホテルのロビーにはミッシェル・アンリの作品が数多く展示され、華やかな花の絵がホテルの空間を彩っていました。 写真には、ミッシェル・アンリを中心に、フランスと日本の美術交流に関わった方々が写っています。 左から、 仁野 覚氏パリ École Supérieure de Mond 学長 小笠吾英二氏ミッシェル・アンリ友の会 神戸支部長 ミッシェル・アンリ フィリップ・シャテニュー氏在大阪フランス総領事 です。 ミッシェル・アンリにとって、日本は長い間、特別な意味を持つ国でした。 彼の描く花は、単なる静物画ではありません。鮮やかな色彩、光、そして花そのものが持つ生命感を通して、見る人に明るさや幸福感を与えるものでした。 フランスで生まれたミッシェル・アンリの作品が、日本の多くの人々に愛され、百貨店での展覧会だけでなく、ホテルや画廊などさまざまな場所で紹介されていったことは、彼と日本との深い結びつきを物語っています。 この写真は、そうした時代を記録する貴重な一枚です。 現在、ギャルリー亜出果では、長年にわたって収集してきたミッシェル・アンリの作品をご紹介しています。 フランスの花の画家ミッシェル・アンリと日本。 この写真を見ると、彼の作品が日本で多くの人々に迎えられていた時代の空気が伝わってきます。
2003年 ミッシェル・アンリ回顧展 in アルビ ― ムーラン・ルビジョワの記憶
2003年、アルビのムーラン・ルビジョワを舞台に、ミッシェル・アンリの画業を振り返る回顧展が開かれました。主催はミディ=ピレネー州。展示点数は実に200点にのぼり、画家の創作の幅広さと奥行きを伝える貴重な機会となりました。 会場を彩ったのは、アンリならではの鮮やかな花瓶や薔薇のモチーフ、そして詩情豊かな風景画の数々。当時の写真には、来場者たちが作品の前に集まり、ガイドの解説に聞き入る様子が記録されています。
2003年 ミッシェル・アンリ回顧展 in アルビ ― ムーラン・ルビジョワの記憶
2003年、アルビのムーラン・ルビジョワを舞台に、ミッシェル・アンリの画業を振り返る回顧展が開かれました。主催はミディ=ピレネー州。展示点数は実に200点にのぼり、画家の創作の幅広さと奥行きを伝える貴重な機会となりました。 会場を彩ったのは、アンリならではの鮮やかな花瓶や薔薇のモチーフ、そして詩情豊かな風景画の数々。当時の写真には、来場者たちが作品の前に集まり、ガイドの解説に聞き入る様子が記録されています。
1989年 ニューヨーク開催「ミッシェル・アンリ展」— エチエンヌ・サシー画廊主催
1989年 ニューヨーク開催「ミッシェル・アンリ展」— エチエンヌ・サシー画廊主催ギャルリー亜出果では、フランスの画家ミッシェル・アンリ(1928-2016)の貴重な資料写真をご紹介する連載を行っております。今回は1989年、ニューヨークで開催された展覧会の様子です。展覧会概要1989年、パリを拠点とするエチエンヌ・サシー画廊が、ニューヨークにてミッシェル・アンリ展を開催いたしました。出席者会場で撮影された写真には、以下の方々が写っています。写真はミッシェル・アンリ(画家)エチエンヌ・サシー(パリ、エチエンヌ・サシー画廊 画商)デビ・スカルノ夫人(インドネシア・スカルノ元大統領夫人)エドモンド・ニューマン(ミッシェル・アンリのシルクスクリーン作品 制作・出版社)国際的な評価の証としてパリの画廊が、フランス国内にとどまらずニューヨークという国際的な舞台でミッシェル・アンリ展を開催したこと、そしてデビ・スカルノ夫人のような国際的に著名な方々が会場に集ったことは、当時すでにミッシェル・アンリの作品が世界的なコレクター層・社交界から高く評価されていたことを示す貴重な記録です。当ギャラリーが取り扱うミッシェル・アンリ作品についてギャルリー亜出果では、このような国際的な評価を得てきたミッシェル・アンリの作品を、版元より直接仕入れた確かなコレクションとしてお取り扱いしております。ご興味をお持ちの方は、ぜひ作品一覧もご覧ください。ギャルリー亜出果が販売するミッシェル・アンリのシルクスクリーンはこのエドモンド・ニューマン氏から直接購入した作品とギャルリー亜出果が版元で制作販売している作品のみです。Michel Henry(1928-2016)フランスの画家。パリのエコール・ナショナル・シュペリウール・デ・ボザールに学ぶ。
1989年 ニューヨーク開催「ミッシェル・アンリ展」— エチエンヌ・サシー画廊主催
1989年 ニューヨーク開催「ミッシェル・アンリ展」— エチエンヌ・サシー画廊主催ギャルリー亜出果では、フランスの画家ミッシェル・アンリ(1928-2016)の貴重な資料写真をご紹介する連載を行っております。今回は1989年、ニューヨークで開催された展覧会の様子です。展覧会概要1989年、パリを拠点とするエチエンヌ・サシー画廊が、ニューヨークにてミッシェル・アンリ展を開催いたしました。出席者会場で撮影された写真には、以下の方々が写っています。写真はミッシェル・アンリ(画家)エチエンヌ・サシー(パリ、エチエンヌ・サシー画廊 画商)デビ・スカルノ夫人(インドネシア・スカルノ元大統領夫人)エドモンド・ニューマン(ミッシェル・アンリのシルクスクリーン作品 制作・出版社)国際的な評価の証としてパリの画廊が、フランス国内にとどまらずニューヨークという国際的な舞台でミッシェル・アンリ展を開催したこと、そしてデビ・スカルノ夫人のような国際的に著名な方々が会場に集ったことは、当時すでにミッシェル・アンリの作品が世界的なコレクター層・社交界から高く評価されていたことを示す貴重な記録です。当ギャラリーが取り扱うミッシェル・アンリ作品についてギャルリー亜出果では、このような国際的な評価を得てきたミッシェル・アンリの作品を、版元より直接仕入れた確かなコレクションとしてお取り扱いしております。ご興味をお持ちの方は、ぜひ作品一覧もご覧ください。ギャルリー亜出果が販売するミッシェル・アンリのシルクスクリーンはこのエドモンド・ニューマン氏から直接購入した作品とギャルリー亜出果が版元で制作販売している作品のみです。Michel Henry(1928-2016)フランスの画家。パリのエコール・ナショナル・シュペリウール・デ・ボザールに学ぶ。
地中海アンチーブ市のペイネ美術館とピカソ美術館
アンチーブ市は南仏の地中海に面したコートダジュールにあり、ニース、カンヌと並んで重要な高級リゾート地で夏には世界中から観光客が集まる人口7万人程の市だ。アンチーブ市の港には高級ヨットが停泊していて、その港の近くにアンチーブ市が経営しているペイネ美術館(正式にはレイモン・ペイネとユーモラスな作家美術館)とピカソ美術館がある。 鉄道のアンチーブ駅から数百メートル程行った所に、港に降りていく旧市街のメインストリートが1キロメートル程続き、道の両脇にはおしゃれな店やレストランが立ち並び降りきった広場にペイネ美術館がある。 広場には、レイモン・ペイネが恋人達を描くきっかけとなった、ヴァンランス市の音楽堂を再現した音楽堂があり、美術館のすぐ前には、レイモン・ペイネの恋人達の像が置かれている。 その広場を通りぬけて50メートル程行った所に海に面したピカソ美術館がある。ペイネ美術館のある広場を左に曲がり、防波堤の下のアーチをくぐりぬけると沢山のホットが停泊した港がある。 ペイネ美術館の前の広場の周りは沢山のレストランがあり、アンチーブ観光のメインスポットになっている。アンチーブを訪れる人達は、この広場のレストランで食事をし、ペイネ美術館とピカソ美術館で、レイモン・ペイネとピカソの絵画世界を堪能して、海辺でのんびり寛ぐ。2010年頃までは、アンチーブに来るアジア人は日本人だけだったが、最近は中国人、韓国人が増えて、ペイネ美術館の来場者も彼らが日本人を上回っているようだ。レイモン・ペイネも中国や韓国での人気が高まっていて、中国製のレイモン・ペイネ人形が発売されたり、韓国で大規模なレイモン・ペイネ展が開催されている 1980年代の日本はバブル経済の坂を上っていっていて、フランス絵画版画が飛ぶように売れたが、そのブーブの一端を担ったのは、ビジョン・ヌーベルというパリの版画制作販売会社だったが、その会社を創立したビカール市はアンチーブに豪邸を構えていた。かれは、世界一の化粧品会社ロレアルの社長を勤め、巨額の退職金をつぎ込んでフランス作家のオリジナル版画を制作して日本にも支社を置いて、日本のフランス版画ブームを作りだした。つまり、アンチーブは外国の観光客が沢山訪れる観光地であると同時にフランスのお金持ちの地中海の別荘地でもある。
地中海アンチーブ市のペイネ美術館とピカソ美術館
アンチーブ市は南仏の地中海に面したコートダジュールにあり、ニース、カンヌと並んで重要な高級リゾート地で夏には世界中から観光客が集まる人口7万人程の市だ。アンチーブ市の港には高級ヨットが停泊していて、その港の近くにアンチーブ市が経営しているペイネ美術館(正式にはレイモン・ペイネとユーモラスな作家美術館)とピカソ美術館がある。 鉄道のアンチーブ駅から数百メートル程行った所に、港に降りていく旧市街のメインストリートが1キロメートル程続き、道の両脇にはおしゃれな店やレストランが立ち並び降りきった広場にペイネ美術館がある。 広場には、レイモン・ペイネが恋人達を描くきっかけとなった、ヴァンランス市の音楽堂を再現した音楽堂があり、美術館のすぐ前には、レイモン・ペイネの恋人達の像が置かれている。 その広場を通りぬけて50メートル程行った所に海に面したピカソ美術館がある。ペイネ美術館のある広場を左に曲がり、防波堤の下のアーチをくぐりぬけると沢山のホットが停泊した港がある。 ペイネ美術館の前の広場の周りは沢山のレストランがあり、アンチーブ観光のメインスポットになっている。アンチーブを訪れる人達は、この広場のレストランで食事をし、ペイネ美術館とピカソ美術館で、レイモン・ペイネとピカソの絵画世界を堪能して、海辺でのんびり寛ぐ。2010年頃までは、アンチーブに来るアジア人は日本人だけだったが、最近は中国人、韓国人が増えて、ペイネ美術館の来場者も彼らが日本人を上回っているようだ。レイモン・ペイネも中国や韓国での人気が高まっていて、中国製のレイモン・ペイネ人形が発売されたり、韓国で大規模なレイモン・ペイネ展が開催されている 1980年代の日本はバブル経済の坂を上っていっていて、フランス絵画版画が飛ぶように売れたが、そのブーブの一端を担ったのは、ビジョン・ヌーベルというパリの版画制作販売会社だったが、その会社を創立したビカール市はアンチーブに豪邸を構えていた。かれは、世界一の化粧品会社ロレアルの社長を勤め、巨額の退職金をつぎ込んでフランス作家のオリジナル版画を制作して日本にも支社を置いて、日本のフランス版画ブームを作りだした。つまり、アンチーブは外国の観光客が沢山訪れる観光地であると同時にフランスのお金持ちの地中海の別荘地でもある。