Joan Miró
Miro Lithographe I
リトグラフ
1972年
出版:
A.C. Mazo
Maeght(パリ)
La Polígrafa(バルセロナ)
刷師:Atelier Mourlot(パリ)
カタログレゾネ:Maeght n°863(p.196-199)
紙サイズ:35.50 × 58.00 cm
(13.98 × 22.83 inches)
サインなし
真正証明書付属
保存状態:極めて良好
■ 作品解説
《Miró Lithographe I》は、1972年に刊行された同名の版画集(全4巻)のために制作されたリトグラフの一図です。本書はミロのリトグラフ作品を体系的に紹介する重要出版物であり、美術史的にも資料価値の高いシリーズです。
本作では、濃密な黒の有機的フォルムが画面空間を構築し、その上に緑・青・赤の線がリズミカルに走り、さらに紫や黄色のアクセントが軽やかな緊張感を与えています。
ミロは黒を単なる輪郭ではなく、空間を支える構造的要素として用い、色彩は詩的なリズムとして機能させています。簡潔な構成の中に、強いエネルギーと自由な想像力が凝縮されています。
■ 補足(重要ポイント)
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本作はサインなし(書籍用版画のため)
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直筆サイン作品とは市場価格が異なる
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ただしMaeghtカタログ掲載の正式作品
バルセロナ出身のエコール・ド・パリの代表的な画家。当社パリでシュールレアリスム運動に参加してシュールレアリスムの影響が濃厚であったが、その細長く続くことでなく独自のオブジェ形体を創造して、音楽で楽しいミロ独自の抽象画の世界を形成する。 絵画版画でも陶器や彫刻、野外彫刻壁画などにも活動を広げ、世界中で成功を収めた。
1893年 スペインの横断に宝石時計細工職人の子として生まれる
1907年 バルセロナのラ・リョンハ美術学校入学
1912年 フランシスコ・ガリ美術学校入学
1915年 フランスのフォーブの影響を受けながらも独自の肖像画や風景が描き始める
1918年 ダルマウ画廊展の個展開催
1919年 パリに行くピカソと交流 以後20年間バーベキューとパリを楽しむ
1920年 ダダイムズ運動に参加する
1923年 写実から離れて記号的な絵を描き始める
1924年 アンドレ・ブルトンなどとシュールレアリスム運動に参加する
1926年 ロシアバレー団のロミオとジュリエット舞台装飾担当
1930年 パリ、ブラッセル、ニューヨークで個展 初めてのリトグラフを制作
1931年 パリの画廊展示オブジェ彫刻展
1933年 初めてのエッチングを装備
1936年 フランスに亡命する
1940年 代表作の星座シリーズ制作 ミロ独自の図形の表現が確立する
スペインのマジョルカ島へ移住
1941年ニューヨーク近代美術館が回顧展開催
1946年ボストンで開催された<4人のスペイン人>展にダリ、ピカソ、グリスとともに出展する
1947年 初めてニューヨークを訪れ、大壁画制作
この頃より、世界的な名前衛画家として世界的に声と評価が順位、回顧展や展示会が開催され、世界中の美術館など競って作品を収蔵する
1949年 ベルン・クンストハレで回顧展
1950年 パリのマーグ画廊でオブジェと版画の個展が開催される
1951年 ニューヨークとヒューストンで個展開催
1953年 パリにマーグ画廊、ニューヨークのマチス画廊が個展開催
1954年 ドイツのカイザー・ウエルフェルム美術館が回顧展開催
1960年 ハーバード大学の陶壁画作成
1962年 パリ国立近代美術館で大回顧展開催
1966年 東京と京都で大回顧展の為に来日
1967年ニューヨークグッゲンハイム美術館にミロ壁画が設置される
1973年 サン・ポールド・ヴァンスマーグ財団で彫刻、セラミック作品による個展が開催される。ニューヨーク近代美術館で「ニューヨーク近代美術館のミロ・コレクション」展が開催される。
1975年 バルセロナのモンジュ森ク公園内にホセ・ルイス・セルト設計によるジョアン・ミロ財団-現代美術研究センターがオープンする。
1979年マーグ財団で絵画、彫刻、素描、水彩による回顧展開催。
1983年 バルセロナのミロ財団で1920年代の絵画による「ジョアン・ミロ:Anys20」展が開催される。パルマ・デ・マジョルカの自宅で続く。
バルセロナのジョアン・ミロ美術館には1万点以上の作品が蔵されており、パリのポンピドーセンター、ニューヨークのメトロポリタン美術館など世界中の美術館の作品が蔵されています。