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私(ギャルリー亜出果)とフランス画壇の巨匠ミッシェル・アンリがオリジナルリトグラフを共同制作して来日展を開催

1995年からミッシェル・アンリを日本に招き、ミッシェル・アンリ来日展を展示会を開催した。展示会の1会場に20点~30点ぐらいは作品が必要だ。

 

1998年ギャルリー亜出果版元発売元Xミッシェル・アンリ共同制作

「黄色いブーケ」オリジナルリトグラフ 作家自筆サイン入り限定部数入↓

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リトグラフの技法について説明しておこう。

18世紀末に発明され19世紀にヨーロッパで盛んになった印刷技法で、芸術家もリトグラフの技法を使って沢山の名作を生み出した。

水を吸いやすい石版の上に油性のデッサンクレヨンでデッサンして、その石販の上を水のついたローラーでなぞりデッサンしていない部分に水分を付着させる。次に油性の色インキを付けたローラーを転がしてその色を石販に付着させて、その付着した色を紙に移し取る。同じ作業を使用する色彩の数だけ繰り返してリトグラフ版画は完成する。

パリのリトグラフ工房制作風景↓

パリのリトグラフ工房

ミッシェル・アンリのオリジナルリトグラフの制作と展示会

ミッシェル・アンリが来日する場合は4会場で展示会をしたい。単純計算すると30(20)x4=80点~120点の作品が必要だ。それだけの量の油彩を用意するのは不可能だ。

そこで版画の出番となる。版画は数十枚から数百枚製作して、限定部数とそれぞれの版画のID番号を入れると同時に作家がサインする。

1996年に日本の版画卸の業者が連絡してきた。ミッシェル・アンリのリトグラフを一緒に制作しないかとの誘いだった。

私は版画のヴァリエーションがあると助かるので、一緒に作る事にした。もちろん、パリの工房でミッシェル・アンリが制作にあたり、版画が出来上がったらミッシェルアンリがサインを入れる。

1998年ギャルリー亜出果版元発売元Xミッシェル・アンリ共同制作
<赤いーケ> オリジナルリトグラフ 作家自筆サイン限定部数入↓

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大体200部から250部限定が一般的だ。6号~8号サイズぐらいの花の版画2種類を200部限定で作る事にした。私は50部もあれば十分なので、卸業者が150部と私が50部で話が付いた。

出来上がったのは翌年の1997年だった。当然1997年以降の展示会には弊社とミッシェル・アンリが共同制作して、ミッシェル・アンリが自筆サインしたオリジナルリトグラフの展示して多いに売れた。

1998年プランタン銀座でのミッシェル・アンリ来日展にその作品も展示した↓

来日したミッシェル・アンリと私

1998  プランタン銀座 MH 武田

評判が良くて、卸業者も喜んだので、翌年は4種類を制作した。やはり、私が50部引き取って、卸業者が150部引き受けた。

 

日本の業者と揉め事が起こった

卸業者は、毎年4作づつ制作するつもりにしていたが、そこに大事件が起こった。

2000年はキリスト教国ではミレニアムで大変な年だ。キリストの生誕2000年祭だ。その前は1000年前だったから、1000年に一度のめでたい年だ。オリンピックどころではない。

私達が制作を依頼していたパリの版画工房が随分張り切ってミッシェル・アンリパリ2000というパリの風景と花のミッシェル・アンリの20点の版画セットを制作して発売した。2000年なのでパリの名所20ケ所を版画にしたのだ。

日本の卸業者は怒った。自分達が仕事を依頼していた業者に裏をかかれた形になったのだ。一般的に工房は版元の依頼を受けて、版画を制作するのが仕事なので、工房が版元になる事はない。日本の卸業者は、もうミッシェル・アンリとは仕事をしないと言い出した。

1998年ギャルリー亜出果版元発売元Xミッシェル・アンリ共同制作
<ブーケパナッシェ>オリジナルリトグラフ 作家自筆サイン限定部数入↓

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私も、彼が怒るのは理解できたし、業者も私達に相談しても良かったかと思った。けれども、ミッシェル・アンリと独占契約をしていたわけではないから、あまり怒らなくても良いと思った。私達以前にも、フランスの業者がミッシェル・アンリの他のリトグラフを製作している。私もそれらのリトグラフを買って展示会で販売していた。

ミッシェルアンリは、フランスでもアメリカでも人気作家だ。日本とフランスでは考え方も商習慣も違うし、日本の常識は世界の非常識を言う言葉もある。

私は、ミッシェル・アンリの絵画が好きだし、ミッシェル・アンリはフランス画壇の巨匠で人気作家、大作家だ。サローン・ドートンヌの副会長でフランス最高の勲章レジオン・ドヌール勲章も受章して彼の展示会には当時のシラク大統領夫妻も来場するフランスの宝のような画家だ。

サローン・ドートンヌ会場

シラク大統領とミッシェル・アンリ↓

シラク大統領MH

せっかくそのミッシェル・アンリと仕事ができるようになったので、それだけで十分だった。日本的な理屈をフランス人にお押し付けるつもりはない。また、感情的になってもつまらないので気にせずにミッシェル・アンリと仕事を続ける事にした。

1997年ギャルリー亜出果版元発売元Xミッシェル・アンリ共同制作
<赤イコクリコ> オリジナルリトグラフ 作家自筆サイン限定部数入↓

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ミッシェル・アンリパリ2000の20種類の版画を制作した版画工房が、私にその版画を大量に買わないかと言ってが、それは断った。私は版画の卸びビジネスに参入するつもりはなく、展示会用に版画も必要なだけだ。リトグラフの制作は以降は中断した。その後、ミッシェル・アンリと話合ってオリジナルのシルクスクリーン版画共同で制作する事にした。

ミッシェル・アンリも今回の事件で恐縮して、オリジナルシルクスクリーンの制作は弊社との独占契約にしてくれてた。災い転じて福となった形だ。

2004年ギャルリー亜出果版元発売元Xミッシェル・アンリ共同制作
<5本のバラ>オリジナルシルクスクリーン 作家自筆サイン限定部数入↓

5本のバラ

ミッシェル・アンリの絵画は色彩に輝きがあるのと、マチエールが美しいのでシルクスクリーンの方がむいている。リトグラフは、うっすらとしか色がつけられまいが、シルクスクリーンは、厚く色をのせられる。

私達がリトグラフを製作したより10年程前1985年にパリの版元が、ミッシェルアンリの20種類程のシルクスクリーンを制作して、日本でもかなり高額で販売されていた。

現在日本の有名画家の版画の偽物が出回っているが、弊社の作品はフランス巨匠画家ミッシェル・アンリと弊社が制作して作家が自筆サインした作品や弊社がミッシェルアンリから直接購入した作品だけなので、購入に際しても贋作の心配がない。百貨店での展示会や画廊にも卸ているから、お問い合わせいただければ、弊社の作品かどうかは、真贋は調査できる。また、弊社のECサイトからも購入が可能だ。